伊藤伊那男主宰がご逝去
こんばんは、チェスです。
日曜日の山形、非常に良い天気で、風もそれほどありませんでした。午前中は職場の公民館のイベントのため出勤しましたが、昼に帰宅しようとして愛車に戻ると、車内は暑くなっておりました。
ところで、今朝は本当に悲しいお知らせのメールが着信しました。小生がずっとお世話になっていた俳句結社「銀漢俳句会」の伊藤伊那男主宰が一昨日14日にご逝去されたとのお知らせだったのです。カミさんの友人が当時の綾瀬の家に遊びに来られた際に、ここの結社で俳句をやっているからと誘われて、何故かカミさんではなくて小生の方が入会して俳句を始めることになりました。平成27年=2015年のことでした。つまり今から約10年前です。当時伊那男主宰は、神保町に「銀漢亭」という名前の居酒屋を経営されており、俳人と二足の草鞋を履いておられました。銀漢亭は様々な俳人の溜まり場となり、小生が入っていた句会でも、懇親会はほぼ必ず銀漢亭でした。北区の王子の会社に勤務していた時には、懇親会の差し入れとして王子の「扇屋」の厚焼き卵焼きを持っていきましたが、差し入れとは別にハーフサイズを伊那男先生へのお土産に渡すと、嬉しそうに笑顔で受け取って下さいました。
伊那男先生はユーモアに溢れて優しい主宰で、会員、同人の皆さんは皆さん先生のお人柄を慕っていました。
入会して半年程経ったときの、伊那男先生が出席される本部句会で、伊那男先生は小生の句を取り上げて講評して下さったのは忘れられない思い出です。
更衣新人遂に電話取る 武
という句だったと思います。
ずっと後になり、銀漢亭での懇親会の時、「日本三大県民歌」を話題にしました。というのもこの三大のうちの一つが長野県の県民歌「信濃の国」で、伊那男先生は長野県の駒ケ根市のご出身だったのです。で、小生は身の程知らずにも伊那男先生の前で、山形県の県民歌「最上川」を披露させていただいたのは、今思えば冷汗三斗という奴でした。
ご冥福を心よりお祈りいたします。
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