国産旅客機はどうなった?
こんばんは、チェスです。
金曜日の東京、朝から曇り空で、終日厚い雲は取れませんでした。火曜日頃から襲来している寒波の影響でしょうか。今日は昨日より寒かった印象です。今週は本日のみ在宅勤務をしておりましたが、室内でも厚着で過ごしておりました。
昨日は、衛星打ち上げの記事を書きましたが、国産主力ロケットであるH2Aロケットと、これに続く次期主力ロケットH3は、三菱重工業が開発に深く関係しています。開発のメインと言っても良い。来月にはいよいよ、このH3の初打ち上げがありますが、次期主力ロケットとして期待されていますから、まずは無事の打ち上げをお願いします。
それで、三菱重工業で思い出しましたが、日本の翼として大いに期待されたMRJ、名前が変わって三菱スペースジェットになりましたけれど、あの飛行機、いったいどうなってしまったのでしょうね。三菱重工の子会社、三菱航空機が開発して、県営名古屋飛行場を試験飛行で飛び立った時には、これでいよいよ日本製の旅客機が・・と思ったものでした。
ところがその後が悪かった。度重なる顧客への納入日時の遅延、アメリカでの型式証明取得の失敗。そして2年前には「開発は一旦立ち止まる」というトップの会見での表明。新聞からは「事実上の開発凍結」「もはや中止か」の様に書かれたものです。開発を担当したのは三菱航空機ですが、親会社の三菱重工の責任は大きいでしょう。そして、国産旅客機の開発は経済産業省が支援しており、我々の税金も投入されているのです。事実上の開発失敗なのでしょう。きちんと説明して欲しいですね。
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