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阪神・淡路大震災

 こんばんは、チェスです。

 火曜日の東京、相変わらずの寒波の影響か、寒い一日ではありましたが、昨日の月曜日に比べると慣れもあるのか、もしかしたら少し寒波が北上したのか、少し寒さは和らいだ印象はあります。

 さて、今日は1月17日。主に兵庫県が被災した大地震が発生した日であります。その後にこの日の地震災害は「阪神・淡路大震災」と命名されました。この大震災で亡くなられた全ての方のご冥福をお祈りします。

 発生したのは1995年なので、もう22年が経つわけです。この年に生まれたお子さんは、今年満22歳になる。あの日、小生は当時東京駅の八重洲口側にあった某大企業の本社へ直接行って会議に出ることになっていましたから、会社へ行ったのは昼食を食べてからの昼過ぎだったのですが・・しかし、その某大企業は兵庫県を発祥の地として、関西にも重要な事業所が多数あると思っていたのですが、地震発生当日、その会社では格別慌しい様子も見られず、会議の方は予定通りにありました。今思うと地震による被害の全貌が正確に未だ伝わっていなかったのかもしれません。

 会議が終わって、東京駅近くで昼食でも食べようか、と外へ出たところで、どこかの新聞社が号外を配っていましたので、一枚貰いました。その時に漸く、こいつは容易ならざる事態だと思ったことを覚えています。
 当時の災害対応にあたって、色々な教訓を得られたと思います。しかし地震大国の我が国は、2011年に今度は東日本大震災を受けるわけですが、こちらは大津波、そして原発事故と、これらは残念ながら教訓を活かすというわけにはいかなかった。ただ、正確な情報の集積と必要な組織への伝達、命令といったことには活かされたのではないかという気がします。

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