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京都旅行2泊3日その3

 こんばんは、チェスです。

 大原のバスターミナルに一旦戻り、さて次は、と三千院とは反対方向の西の方へと、細い道をたどって歩くこと約15分程かな?寂光院という御寺へ行きました。

 ここは尼寺なんですね。なんでも聖徳太子が創設したとされ、それが正しければとてつもなく古い尼寺ということになりますけれども、むしろ、平清盛の娘で、天皇家に嫁いで安徳天皇の母になった建礼門院が隠棲した御寺ということの方で有名なのでございます。
 日本史的には、藤原氏による貴族支配から、そろそろ武士の世の中に移り変わろうとしている頃であり、その変化をとらえた天皇家が平氏と結びついておこうと考えたか、はたまた「この世の中で自分の言う事を聞かないのは月の満ち欠けくらい」と思っていた平清盛が、平氏を盤石の地位にしておこうと考えたか、両者の利害が一致して、清盛の娘を天皇家に嫁がせることに成功したのでありましょうね。

 しかししかし、関東武士~源氏の勢いは、東から次第に平家の軍勢を駆逐していき、ついには壇ノ浦の合戦で平家が滅亡することになるのは、皆様ご承知の通り。
 その悲劇のお嬢様が建礼門院なのですね。
 小さな安徳天皇を抱いて、最早これまでと海に身を投げるも、自身は源氏の軍勢に助けられてしまう。その後に尼となって、この御寺で余生を過ごすことになるわけです。

 実はこの御寺、11年前の2000年5月に本堂が全焼しています。その時にご本尊の地蔵菩薩も、建礼門院像なども焼失してしまったのですね。つまり現在ある本堂やご本尊、建礼門院像はその後に再建されたものです。

 こういう歴史のある尼寺であるため、「平家物語」縁の御寺として名高いです。境内には宝物館があり、平家物語の写本などが展示されていました。
 建礼門院ご自身の墓所は、今は寂光院のお隣にあり、宮内庁が管理していて菊の御紋がついた看板がありました。

 建礼門院の墓所を見て、またバスターミナルに戻ると、次の京都駅行きのバスには既に長い列ができていましたので、それは諦めて、30分後の「国際会館行き」に乗ることにして隣の列に並びました。
 GWの混雑期の対応ということか、時刻表にはない臨時のバスが来て、すぐに「国際会館行き」に乗車することができました。「国際会館」は京都市営地下鉄烏丸線の北のターミナル駅で、地下鉄に乗り換えると京都の中心部へ10分ちょっとで着きます。大原へ行くには、このルートが時間的にはお勧めかもしれません。
 カミさん希望の「イノダコーヒー」の本店に行くと、店舗の奥は立派なティールームとなっていました。満席でしたが、すぐに禁煙席が空き、2階に通されました。
 2人でケーキセットを注文し、噂にたがわぬ格調高いコーヒーに大変満足しました。

20110430inoda_coffee
 小生が注文したキリッシュトルテです。

 後はお決まりの流れというか、錦市場を眺めて御漬物を試食し(自宅用に買いましたよ)、御土産を買って、祇園の花見小路を歩きましたが、人出がすごかった。

 海上自衛隊のヘリのパイロットだったので、災害出動に駆り出されたとおっしゃるタクシーの運転手さんに京都駅へ送ってもらい、駅ビルで夕食を食べて荷物をコインロッカーから出し、JR西日本の新快速電車で大阪へ。新快速は早いですね。大阪駅に隣接している「マルビル」に入っているホテルに泊まり、翌日曜日の昼前のANA羽田行きで帰京いたしました。

 横風が吹いていたのか、着陸は22滑走路を使っていましたね。

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