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ドブロヴニク-8日目

 こんばんは、チェスです。

 カミさんが、ここで「赤い珊瑚のネックレスを買いたい」と言っていたので、一応ハネムーンでもあることですしプレゼントすることにしました。
 それで、丸1日のドブロヴニク観光は、(自宅用)お土産探しも兼ねてのぶらぶら歩きになりました。
 勿論ドブロヴニクの旧市街の名所は見て回りましたよ。

 そのうちの1箇所は「総督邸」。

 ドブロヴニクは今でこそクロアチアの中の「ダルマチア地方」などと呼ばれていますが、かつては貿易で栄えた「ラグーサ共和国」という、ヴェネツィアの如き都市国家であった歴史を持っています。
 でも、ヴェネツィア共和国の総督が終身という身分だったのに対して、こちらラグーサ共和国の総督の任期は、僅かに1ヵ月だったのだそうです。
 それから、カミさんの希望で「ユダヤ教博物館」へ行ってみました。彼女はイスラエルや世界各国におけるユダヤ教やユダヤ人に興味があるようでした。

 この博物館、2階はユダヤ博物館、3階はシナゴーグ(ユダヤ教の教会)になっていました。ユダヤ博物館はわからない事が多かったのですが、面白かったのはシナゴークというユダヤ教の教会です。

 ザグレブからこっち、クロアチアの様々なカトリックの教会を見学してきましたが、ステンドグラスの美しさとか、彫刻の見事さとか、勿論大聖堂の壮麗さなど色々と感心しましたが、共通して磔にされたキリスト像だとか、美しい宗教画が飾られていたのです。
 しかし、シナゴークはそうした像だの絵画などは飾られてはいませんでした。
 ユダヤ教というのは、そうした「偶像崇拝」を否定もしくは無視する宗教なのでしょうかね。

 例によってお昼はパン屋さんで買ったパンを、噴水(といっても我々がイメージする噴水とは違いますが)のある広場で齧って済ませてしまい、赤い珊瑚のネックレスを買うお店を探しました。
 で、お母さんとその息子がやっている(と思われる)アクセサリーショップにて赤い珊瑚をいくつか見せてもらって、カミさんが気に入った奴を買うことにしました。
 支払い方法を聞いたところ、クレジットカードではなくてキャッシュで支払う場合には、値引いてくれるとか。これは日本でも時々聞くディスカウントですよね。
 でも、さすがに観光地だと思ったのは、キャッシュがクロアチアクーナでなくても、ユーロでもOKで、更に驚いたことには日本の「円」でもOKなんだと言われたこと。

 非常用に、いくらかの円を持参した小生は、それなら、と福沢先生にご登場願って、クロアチアクーナのキャッシュの変わりに日本円で支払いました。観光地とは言え、日本円の通貨としての強さはさすがだナ、と思いました。

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コメント

こんばんは。

ユダヤ教が「偶像崇拝」を否定しているのではなくて
聖書に鍵があります。
旧約聖書は全能の神と選ばれし民のイスラエル人
との交流の歴史が描かれています。
イエス様は出てきません。
新約聖書はイエス様と弟子達の教えが描かれています。
旧約聖書がユダヤ教の聖典として伝えられて
後にキリスト教とイスラム教の聖典ともなってます。

一方の新約聖書はユダヤ教の聖典とはなっていなくて
ユダヤ教から分派したキリスト教のみが聖典としています。
だからユダヤ教はイエスを救世主としていないので
キリストの像とか絵画を飾っていないのだと
思います。

投稿: 水夢イルカ | 2008.05.24 00:30

チェスさま

先日は、ありがとうごさいました。
クロアチアにもユダヤ教の博物館があるんですね。
奥様も興味を持たれたのですか。
私も以前イスラエルに行った時に、ユダヤ教にじかに接していろいろと驚かされたことを思い出しました。
ユダヤ教は戒律の厳しいもので、イスラエルの正統派のシナゴークには、異教徒は立ち入ることもできません。食事も「コーシェル」といって組み合わせによっては絶対に口にできず、皿や食器を同じくすることもできません。なのでキッチンも別々に作っているなど。偶像崇拝も戒律で厳しく禁止されているのがユダヤ教。神は唯一のものなので、それを人工的に作ることは禁止されています。
ユダヤ人は、過去にパレスチナの地から方々に離散しました。しかし、ユダヤ教の厳しい戒律を守ることで同胞意識を持っていたようです。ナチスによるユダヤ人の迫害があったヨーロッパで、残っているシナゴークにはみんな悲しい思い出があるようです。

投稿: AA | 2008.05.24 01:18

>水夢イルカさん
>AAさん

 コメントありがとうございます。
 キリスト教やイスラム教の起源になっているのが、ユダヤ教である、というのは以前に本で読んだりウェブで閲覧したりしておりましたが、概論的にも知りうる機会は無かったので、難しいものだなぁと思いました。
 ユダヤ教というのは、信仰というよりは行動や実践を重んじているのだそうですね。日本人からは最も遠い存在なのかもしれないなぁ。

投稿: チェス | 2008.05.24 09:51

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