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マグナカルタ

 こんばんは、チェスです。

 本日、5月3日は憲法記念日ですが、日本国憲法とは関係のないことを書きます。

 憲法と聞いて、思い出すのは「マグナカルタ」です。

 現在の歴史の授業ではどのように扱われているか知りませんが、小職が遥か昔に世界史で習った時には、それなりの扱いを受けて(ページを割かれて)いたように思います。1215年のこと、当時のイギリスの王様が、あまりにも横暴を極めていたために、貴族の反乱をまねき、こいつにサインをしなさいよ、と迫られて、渋々サインした結果、イギリス国王の勅許状ということになったのが、このマグナカルタとされています。
 マグナカルタはラテン語であって、この言葉は日本語では「大憲章」と翻訳されています。
 中世と言って良いこの時代にあって(日本は鎌倉時代)このマグナカルタは「自由」という概念に重きを置き、しかも王様と言えどもその権限は法の元に置かれる(法治主義)という画期的な主張が取り入れられておりました。

 が、当然のこと、これにサインしてしまった王様は元より、その後継者も、このマグナカルタを施行するのには非常に抵抗し、上記の法治主義などは修正されてしまい、ま、いわゆる「骨抜き」でやっとのこと実際の日の目を見たワケですね。
 その後数百年にわたって、イギリスにおいてはマグナカルタは軽視された、というか、無視されるような格好になり、再び脚光を浴びるには19世紀迄待たなければなりませんでした。
 内容が先進的過ぎた、とも言えましょうし、時代の方がやっと追いついてきた、とも言えましょう。

 しかしながら、現在のイギリスの憲法を考える上で、マグナカルタはその基本精神を表していると言っても良く、また、例えばイギリス移民により、イギリスの植民地という立場から、アメリカ合衆国として独立する際には、このマグナカルタの理念が拠り所の一つとなった、とする学説もあるようです。
 
 イギリスという国は、キリスト教国でありながら、バチカンとは別の「イギリス国教会」という、まぁ別宗派を作って独立してしまったという歴史もあり、どうも色々と面白い国でありますね。そうそう、この国の正式名称は「グレートブリテン及び北部アイルランドからなる連合王国」というんですね。かつては王様が何人もいた、というのを表しておりますね。

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