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2005.05.27

5月27日

 こんばんは、チェスです。

 今朝、家を出る時に、例の枇杷が勢いを盛り返して体勢を立て直し、その上黄色く色づいているのに気が付きました。
 前回撮影した時には、枇杷の実が何やらしぼんできており、おまけにもう少しで折れ曲がって落ちてしまいそう、という風情でした。
050527-biwa
 今朝見ると、これが見事に立ち直り、しかも鮮やかに黄色くなっています。思わず携帯電話機のカメラで撮影致しました。

 さて、1週間前にしつこく書きましたので、小職のココログの読者の皆様は(1日平均して、約150程度のアクセスがあるようですので、その位の読者様がいらっしゃるということで)5月27日という日が、我が日本にとっては記念すべき、かつての海軍記念日、すなわち日露戦争における日本海海戦の戦勝記念日にあたる日である、ということをご存知かと思います。
 しかし、亡国の手先と成り果ててしまった新聞テレビなどのマスメディアは、どうやらこの記念日をまっさら無視ということに決めてしまっているようです。

 当時日本の人口は、現在の半分以下の約四千万人、GDPにしてみたら、微々たる弱小国家であった、東洋の新興国家日本。
 その日本が、ヨーロッパからアジアに跨る大国ロシアと戦争をする、という事それ自体、太平洋戦争を上回る、無謀な行為であったろうと思います。
 しかし、この日露戦争が、その後に国を滅ぼすこととなった太平洋戦争と、決定的に違う点があります。
 軍が、きちんとシビリアンコントロールされていた、ということです。
 軍の暴走、勝手な行動、政府や国会を蔑ろにした太平洋戦争の時とは異なり、当時の日本は、政府が、国会が、そして明治天皇が、きちんと機能して軍をその管理下に置いておりました。
 どうもその後、この日露戦争の後、日本はだんだんとおかしな方向へ向かう様になり、ついにはアメリカ始め連合国と開戦ということになり、あげくに日本の都市という都市を焼夷弾攻撃で焼き払われ、世界で初めて核兵器をおみまいされて、完全にノックダウンということになるのですが。

 しかし、明治期の日本は、まだまだ政府も国会も、軍の組織も、清新で若かった。そして、日本という国全体が懸命に頑張っていた、その象徴的な出来事が、日清、日露の2つの戦争であったと思われます。
 当時の大国ロシアの、ヨーロッパから遥々遠征してきた、ロシア第2太平洋艦隊=バルチック艦隊、これを対馬海峡に迎え撃ち、海戦史上も例がないと言われる程のパーフェクトゲームで撃破した、その日から丁度100周年という記念日に、その歴史を有する我々末裔が、全く無関心というのは如何なものでしょうか。

 自国の歴史を振り返り、これを正しく評価することは、別に軍国主義だ、好戦的だ、右翼の思想だ、ということではあるまい、と思います。

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