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地図の日 その2

 こんばんは、チェスです。

 昨日の記事が、思いもかけずに長くなってしまったので、2日に分けました。

 伊能忠敬さんの面白いところは、江戸時代の平均的人生としては最早晩年と言ってよい50歳になってから、一念発起して、測地、測量という学問を学ぶことを決意するのです。測地、測量ということを学ぶには、天文観測が必要です。当時の日本で、そうしたことを学ぶことができるのは、幕府の天文方について学ぶしか方法はありませんでした。で、当時の幕府の天文方、高橋至時について天文測量を学んだのです。
 この高橋至時も、優れた天才学者でした。そして、自分よりはるかに年上の伊能忠敬に、西洋の天文測量学を熱心に教えます。
 ですが、この優れた学者、高橋至時は、惜しくも39歳にして亡くなってしまいます。
 忠敬さんは、年下の先生の若すぎる死にもめげずに、日本測量という大事業を行ない、当時としては画期的に精密な日本地図を作り上げたのです。(実際には、伊能忠敬さんの存命中には完成せず、弟子達の手によって日本全図は完成されたと言われています。)

 この伊能忠敬さんが、日本中を測量して回ったデータを元にして出来あがった日本地図=伊能図と呼ばれています=は、大変に正確、精密なものでした。逆に言えば、それまでの日本には、マトモな地図は存在していなかった、とも言うことができます。

 この人の業績は、従来あまり取り上げられることはありませんでしたが、井上ひさしさんの小説「四千万歩の男」の主人公として登場したことによって、大きく再評価されるようになったとも言えます。
 勿論、近代的日本地図の完成、という業績そのものが、大変に偉大であることは、全く異論はありません。

 しかし、私が面白いと思うのは、「当時の50歳になってから、明確な目的意識を持って、新しいことの勉強を始め、その目的を達成してしまったこと」というプロセスにあります。

 言ってみればこの方の生き様は、今で言うところの「生涯学習・生涯教育」の実践者ではないか、と思います。
 何か、新しいことの勉強を始めるのに、「遅すぎる」ということは決して無い、ということを、この方は教えてくれています。
 また、別に勉強に限らないでしょう。スポーツであっても、芸術であっても、何でもいいのです。要は本人の意欲、やる気であって、それさえあれば、人間何歳になっても新しいことにチャレンジできるし、する価値がある、ということを、伊能忠敬さんは教えてくれているのではないでしょうか。

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コメント

こんばんは。あっちです。
わたくしも地図大好き人間です。小さな東京の地図は常に持ち歩いていますし、日本地図、世界地図、全て好き。中学の授業用地図帳は何年かに一回買い替えています。

そして伊能忠敬さんの事については、かなりハマっていた時期がありました。井上ひさしさんの小説で伊能忠敬さんの事を知り、氏についての本などを読み漁りました。
千葉の佐原は、伊能さんの故郷ということで、10年程前に訪れて以来、すっかり好きな土地になり、何度も行っています。江戸情緒溢れていて、すごく素敵なところです。今は「伊能忠敬記念館」も出来たし、東京から日帰りで行ける穴場スポットだと思います。

「四千万歩の男」はドラマ化された時にも見ましたが、これがまた面白かった!加藤剛さん主演で伊能さんの映画も作られたようですが、こちらは未見。

ということで、わたしも好きなんですよ、という事が書きたかっただけです(笑)。すみません、嬉しかったもので。

投稿: あっち | 2005.04.22 03:05

 おはようございます、あっち様。チェスです。

 コメントありがとうございます。
 「地図の日 その1」でうっかり記載ミスをしていることに気が付きました。伊能家のあったのは今の佐原市ですね。お詫びして、訂正致します。
 伊能忠敬さんのお墓は、師匠の高橋至時さんと並んでいるそうです。(ご本人の希望だったとか)こちらもウチから比較的近所なので、機会があったら行ってみたいと思っています。

投稿: チェス | 2005.04.22 07:20

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