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地図の日 その1

 こんばんは、チェスです。

 小職が、この記事をココログに掲載した、4月19日という日は「地図の日」なのだそうです。
 地図大好き人間としては、ちょっと素通りできない日でございますね。(って言っても、あと2時間ちょっとで終わってしまうケド・・)

 まずは、「地図の日」の由来から調べてみましょう。って、地図の日の紹介記事に書いてありました。江戸時代の地理学者(という紹介で合っているのか?)の、伊能忠敬さんが、当時まともな地図の存在していなかった日本の正確な地図を作るために、第1回の測量に出発したのが、この4月19日という日なのだそうです。(東京新聞4月19日のコラムより)

 私の住む台東区は、歴史的にも色々と面白い場所があるのですが、家から歩いて5、6分の場所に「浅草天文台の跡」というのがあります。跡、といっても、かつてこの場所に、天文台がありました、という台東区が立てた史跡表示があるのみで、何かが残っているという訳ではないのですが、ともかく、江戸幕府が暦の編纂のために現在の蔵前の地に天文台を運営していたという事実がございます。
 

 昔の天文学というのは、暦を作るための学問だったのですね。

 明治になって、太陽暦に変更になるまでは、日本の暦は太陰暦、即ち月の運行を元にした暦でありました。ですから、暦の編纂のためには、月の運動の観測が必要だったのです。
 ともかく、江戸幕府の天文方という役職は、暦を編纂するために、天文台に勤めていたわけです。

 そこに、上記の伊能忠敬さんが登場致します。
 この方は、元々は小関家という家に生まれるのですが、後継ぎに恵まれなかった伊能家に婿養子に行きましたので、伊能忠敬というお名前になったのです。
 この伊能家は、現在の千葉県佐原市にある、この地方の裕福な家で、しかも忠敬さんは養子に入って中々有能なところを見せ、この家の後継者として立派に家を継ぎました。そればかりか、飢饉におそわれたこの地方の農民たちを救済したりといった事業もしたようです。
 つまりは、実業家として充分な成功を収めていたのです。

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