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過信は禁物

 こんばんは、チェスです。

 昨年、「携帯電話機をどこに(どのように)携帯するか?」という記事を書きましたが、小職はほんの少し考えて、日常的にはワイシャツの胸ポケットに入れておくことにしました。
 この位置は、すぐに電話に出たりメールを閲覧するのに便利ですが、ちょいと困った事が起きました。日常的な動作でかがんだりしますと、携帯電話が胸ポケットからスルリと落ちてしまうのです。
 下が固いモルタルやコンクリートだと、ボディに傷を作ってしまいます。

 で、ビジネスマンなどが携帯電話機を首から下げているのを思い出しました。「そうか、アレは、伊達に下げているのではなかったんだ。」
 小職も、あいつを導入しよう、と思い立ちましたが、「アレ」が何と言うのか知りません。友人にメールで尋ねたところ「ネックストラップ」というのだ、と判明しました。
 数日後、ディスカウント屋をうろうろしたら、「ネックストラップ」を見つけ、購入に及びました。小職が買ったのは、携帯電話を吊るすのではなくて、ディジタルキャメラ用のネックストラップです。携帯電話用に比較すると、少しお高いですが、その分重量に耐えられる様に作られているだろう、と思って経費を惜しまなかったのであります。

 取り付けてみますと、電話機を付ける部分と、首から吊るす部分とのジョイント部分が、ワンタッチで着脱出来る様になっており、こいつは中々便利そうだ、と思いました。
 さて、本日、上司の代理で、会社の社宅に行きました。同行してくれるのは時折コメントを頂戴するPANちゃんです。社宅付近で、下水詰まりが発生しているということで、下水屋さんの作業に立ち会う必要があったのです。
 作業の方は、無事に終わりました。その頃に、胸ポケットの電話が鳴りました。引きずり出して見ると、上司の部長です。顛末を報告して、電話を終えました。で、その直後、ジョイント部分がポロッと外れて、携帯電話が落下してしまいました。すぐそばに水溜りがありましたが、幸い僅かに逸れました。が、かなりの衝撃と、水濡れが見られます。
 幸い、電話機としての機能は無事なようです。
 でも、あんなにガッチリとしているように見えたジョイント部が、なぜに簡単に外れてしまったのでしょうか。
 原因は、小職がジョイント部を繋いだ時に、きちんと繋いでいなかったせいでした。きちんと繋がると、パチッと音がして、ジョイントされるのです。
 小職が繋いだ時には、一見すると繋がった様に見えたのですが、ちょっと引っ張ると簡単に外れてしまいました。

 しかし、良い教訓になりました。ネックストラップを導入して、もううっかり落とさないぞ、と思い込んでいましたら、早々に落としてしまったことは「何事も、過信は禁物」ということですな。

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ダイエット

 こんばんは、チェスです。

 ダイエット、英語の綴りは「diet」でしょうか。この英語の意味と、現在我々が日常的に使っている日本語としてのダイエットの意味は、どうも違ってきてしまっています。

 日本語としてのダイエット、これはもう、痩せる、とか減量する、といった意味に使われていることは間違いないでしょう。女優の誰それは、ダイエットに成功して10kg痩せた、という用例を出すまでもないでしょう。
 ところが、英語の方の「diet」の本来の意味には、痩せる、という事は出てきません。お近くに英和辞典がございましたら、引いて欲しいのですが、最初に出てくる意味としては「常食」「食餌」といった名詞です。ここから派生する言葉として、「食餌療法」とか、「療法食」「病院食」といった意味が書かれています。健康維持のために基本的な「食事」という行動を通して、病気である人にはこれを改善する方向に持っていくこと、dietにはこうした意味は、確かにある様です。
 ならば、肥満症であって、なんとか減量しないことには、心臓その他の負担が大きく、健康にも問題が生じるため、日常の食事から改善していきましょう、ということで、dietとしての食餌療法を実施する、という用例はあるのでしょう。
 で、ここのところがクローズアップされてしまって、「食餌療法による減量」=diet→痩せること、という具合に意味がショートカットされてしまったのが、日本語におけるダイエットではないでしょうか。
 高脂肪、高カロリーの献立を避けて、栄養バランスの良い食事を心がけて、間食もなるたけ我慢する、ということで減量しました、というのであれば、本来の意味のダイエットということになりますが、単純に食事の回数を減らしたり、分量を減らしたり、いきなり過重な負担をかけて運動をするなどの結果強引に体重を落としても、これは健康に良い筈はなく、必ずどこかに歪が生じてしまいます。
 ダイエット、というからには、毎日三度三度の事である食事に目を向けて、栄養的にバランスを取る様に心がけないといけないということになります。

 ま、そう言っている小職が、肉がきらいであるという偏食人間であるため、どうにも全く説得力がないので困りますけれどね。あ、しかし肉を食べたくても、別に死にはしませんよ。他からも良質なたんぱく質は取れますし、小職自身42歳まで生きていますからね。

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板橋区をさ迷い歩く

 こんばんは、チェスです。

 我が大事な水泳の先生である、水夢イルカ様から「ワインにこだわりのお店が、ウチの近くにあるよ」との情報を頂戴いたしました。小職の近所には、大した酒屋はなく、さりとてデパートの地下に行くと、ワインの売り場の前に、色々魅力的なベーカリーやら洋菓子屋やら、美味しそうなお惣菜が並んでいるお店やらがあって、何を買いに行ったのか、訳がわからなくなりそうです。

 ですから、本日土曜日は、さっそくこの情報に従って、捜索中の「アイスヴァイン」=英語読みならアイスワインになるのでしょうね=を買いにいくことに致しました。
 インターネットは便利なもので、「タウンページ」で検索すれば、地図まで出てきます。それも相当詳細な地図なので、いくら地理オンチ、方向オンチの小職でも、迷う心配はありません。
 でも、せっかくプリントアウトした地図を、持って出なかったのは、どういうこと?(-_-;)

 ま、場所はわかり易いので、地図は頭に入っているということで、大丈夫でしょう。

 地下鉄の駅を降りて、歩く方角さえ間違えなければ。

 今日は幸い、間違えませんでした。目指すお店は、すぐに見つかりました。
 水夢イルカ様の情報は正確で、店主のワインへのこだわりが伺えました。それほど大きなお店ではないのに、相当の種類のワインを取り揃えており、店の奥に一定温度に保たれているワイン貯蔵庫が見えます。
 しかし、肝心の「アイスヴァイン」が見つからないので、お店の方に聞いてみました。
 お店の方はワイン貯蔵庫に入って探していましたが、やがて携帯電話で確認しています。
 で、お答えは
「今、在庫していませんが、来月になれば入るということです。」
 ここまで来て、残念でしたが、なに、来月はすぐに来ます。入荷したら電話して教えて貰う事にして、店を出ました。
 次に向かうべきは、東十条です。赤羽に出て、JR京浜東北線で1つ乗れば良いのですが、目的地へ行くのに3角形の2辺をたどるのが面白くありません。

 どうせ時間はありますから、歩いていくことにしました。
 中仙道~今は国道17号線~を南下すると、右手から首都高速がやって来て上に被さり、やがて環七の交差点に出ます。これを直進して、環七の内側に入れば、適当な所で東に向きを変えないといけません。そのうちに、「新板橋」を渡ります。ほぉ、新板橋って、地名かと思っていたら、そういう名前の橋があるのか、と知りました。
 もうちょっと行ったところで、意を決して東に曲がります。曲がったところですぐ商店街に出て、これが仲宿商店街。これを少し歩いてまた小さな道を東に折れますと、正面に巨大なマンション様の建物が迫ってきます。これを北に戻る形で回りこむと、今度は帝京大学の付属病院が現れます。

 で、ようやく見覚えのある道に出てきました。地名の表示も、板橋区から北区に変わりました。
 ヤレヤレと安堵して、十条駅の脇を通り、東十条を目指しますが、随分時間を費やしました。

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弁当を使う

 こんばんは、チェスです。

 難しい日本語シリーズです。

 たぶんお使いになるのは、シニア世代とでも言いますか、小職あたりよりも一回り以上は上の世代だと思うのですが、本を読んでいると「弁当を使う」という表現に出くわすことがございます。

 えっ、お弁当を「使う」の?お弁当は食べ物だから、「食べる」のではないの?とかなり素朴な疑問をもったわけなのです。
 ま、確かに「使う」というベーシックな動詞には、物を「消費する」という意味合いがございます。例えば「ガソリンを使う」「電気を使う」「ガスを使う」などですね。これらの用法は、有体物である道具を使いこなす、という意味ではなくて、エネルギーなどの「目に見えないもの」を消費してしまう、という意味で使うという動詞が使われています。
 であるならば、弁当を食べて無くしてしまう=弁当を使う、でも、納得しうる用法なのだと思うのですが・・
 しかしですよ、朝ご飯を使う、おやつを使う、昼食を急いで使う、などとは言わない(と思う)のです。お弁当、それ自体は、形ある食べ物です。目に見えない何かではありません。
 どうも、お弁当だけが特別に「使う」ものとされているのではないでしょうか?

 ただ、どうも理由はないのですが、「弁当を使う」という言葉の響きには、何か粋な、というか、かっこいい、というか、そんなものを感じます。職人さんが、「ここらで失礼して、ちょいと弁当使わせてもらうやすよ」みたいなですね。

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予告+アイスヴァインは何処に

 こんばんは、チェスです。

 まず、「タネがいっぱい」を読んでくださっている皆様に、予告です。
 現在のワンちゃんのテンプレートは、1月一杯をもって終了する予定です。次はどんなテンプレートにするかは、目下検討中ですが、また地味目にすると思います。
 尻尾をふっているワンちゃんを、マウスポインタであちこち触ると、色々動いてくれるのは、もうご存知ですよね。ただ触るだけではなくて、左クリックしてみると、更に色々な表情や動きをしてくれます。面白いですね。最初に「伏せ」をしてくれた時は、非常に感激致しました。「伏せ」をやったことがない方は、是非一度お試しを。

 もう一つ予告です。
 小職の、水遊び関係のココログ「コースロープはいらない」には、既に新しいゲストライター「イルカ」様にご登場いただいております。イルカ様は、小職にとっては、水泳の大事な先生です。
 時々、楽しいお話を投稿してくださることと思います。イルカ様の日記、「水夢イルカ日記」同様にご贔屓下さい。


 さて・・・
 ここ数日、「ツェラー なんとか カッツ」という青い色のビンの白ワインを飲んでいます。
 前の「アウスレーゼ」に比べると、確かにやや甘さは控え目でありますが、その分さっぱりとしていて、これも口当たりが良く、すいすいと飲む事ができます。そうは言っても、元々酒量が極めて少量でありますから、効率良くアルコールが効いて来る点、変わりはありませんが。
 何とか カッツ と聞くと、思わず「ベルク カッツェ」を思い出してしまう、おやぢ世代なのであります。(科学忍者隊♪ みんな知っているかな~)ベルク カッツェはドイツ系だったのかしらん?

 さて、以前に「あっち」様に教えていただいた、ロゼのアイスヴァイン、甘くて美味しいらしいのですが、何軒か見て回ったお店には置いてありませんでした。

 ただ、社内で「ワインは少し嗜む」という人を捕まえて、聞いてみると、

「アイスヴァインは、少し高級なワインだから、小さなお店ではおいていない。チェス君が、今飲んでいる奴の3倍以上の値段がするかもよ。」

 というお話でした。しかし、そうなると益々ちょっと飲んでみたくなりますねぇ。
 インターネットで買う事ができるワインショップで、アイスヴァインを探してみると、おお、なるほど、確かにちょっとお高いです。でも、甘口で美味しそうです~♪

 ドイツのワインを豊富に扱っているお店を探せばいいのでしょうか。デパート地下のお酒売り場は、ワインをどのくらい置いているかなぁ。

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眺望権

 こんばんは、チェスです。

 こんな名前の権利が本当にあるのかどうか、若しくはあるとすればどの程度認められるものかどうか知りませんが、例えば、高層マンションというのは、高層階にいけばいくほど、坪単価が高くなるのは皆さんご承知のことと思います。
 10階のリヴィング・ルームの大きな窓からは、晴れた日には富士山を望むことができますよ、という不動産屋の触れ込みで、現地を見てみたら、なるほど富士山を望める、少し予算がオーヴァーするが無理をしてマンションの10階を買ったとしましょう。ところが、何としたことか、同じディベロッパーがお隣の敷地に、高さ14階建てのマンションを建設してしまい、リヴィングの大きな窓から見えていた富士山は、お隣の新築マンションに遮られてしまった、としたら・・(確か現実にも、こういうお話はあったように記憶しています。)
 富士山の眺め込みで、高い買い物をしたのに、これはどういうことだ、と怒りたくなる気持ちはわかりますよね。眺めの権利付きで買ったマンションが、1年で普通のマンションに格下げです。

 小職の家の、1つ東隣のブロックに、ある俳優さんのご実家があったのですが、気が付かないうちにお引越しをされてしまっていて、土地家屋は売却されていたようでした。買主はこの土地を活かすべく、9階建てのビルにするそうだ、というニュースが、母親経由で入ってきました。ですから信憑性は怪しいですが、頷ける話でもあります。
 その場所に9階建てのビルが完成した、と仮定すると、小職の部屋は、東向きに窓があり、午前中は日光が差し込んでいるのですが、この日当たりに大きく影響が出そうです。そうは言っても、どうにもならないでしょう。しかし眺望権などという訳のわからない権利より「日照権」の方が昔から言われていましたよね。

 本日は、虎の門~霞ヶ関界隈を、朝と夕の2回歩きました(まるで通勤しているお役人の様です。)が、虎の門交差点に面している古びた文部科学省の建物に隣接していた、国立教育会館が、現在全て取り壊されて、向こう側が見えています。すると、虎の門交差点から外堀通りをほんの少し北に行った箇所で、国会議事堂の屋根が見えることに気が付きました。

 この位置から国会議事堂が見えるとは、と、少しですが不思議な気がしました。

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やっちゃった

 こんばんは、チェスです。

 何をやっちゃったのか、と言いますと、仕事のヘマをやっちゃったのです。
 法律が変わっていて、制度がかわってしまっていたのに、古い制度で手続きをしてしまったのです。特許庁の窓口氏も、なんと私の提出書類に気がつかなくて、戻っていない会社に電話をされました。

 いや、実は「改正された法律は国会を通るから、そのうちに新しい制度が施行される」ということは頭ではわかっていたのです。
 いたのですが、いつから施行されるか、という肝心の所が抜け落ちてしまったのでした。

 まぁ、リカバリーの効かない、決定的なヘマではないことが、救いといえば、言えるかもしれません。が、仕事のヘマであることには変わりはありません。

 まだまだ修行が足らないなぁ。と反省しきりです。

 人生、勉強のタネは尽きません。久しぶりに、この台詞を使うハメになりました。

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丸ビル

 こんばんは、チェスです。

 もう1月も何日も残っていませんが、今日は会社の所属本部の新年会でした。

 会場は、丸ビルの35階にある、タイ料理のレストランです。
 丸ビルは、もうオープンして結構経ちますので、オープン当初の大混雑は無くなり、丸の内のオフィス街らしい、落ち着いた感じを取り戻しつつあるようです。

 一緒に会場に向かった中の一人が言いました。

「丸ビルって、どこですか?」

 東京に住んでいる人なら、大抵丸ビルの位置は知っています。東京駅の表側玄関、あの丸の内口を出れば正面やや右手にある、クラシックなビルが丸ビルでした。現在は周辺を圧する高層ビルになっていますが。
「ほれ、キミの目の前の、このビルが丸ビルだよ」
「は?丸ビルって、丸い、円筒形のビルかと思っていました。」
 冗談でしょ?と思いましたが、顔つきを見ると満更そうでもありません。
「一人できたら、探してしまいましたよ!」
 なんていうから。

 昔むかし、謎掛けででてきましたよ。
「四角いのに、丸ビルとは これいかに?」

 正式は「丸の内ビルディング」これを略して「丸ビル」なので、決してまるいビルなのではないのです。ここ一帯の地主である三菱財閥の三菱地所が開発した、オフィスビルの開祖の様な存在でしたね。 関東大震災の激震にも、B29による東京大空襲にも、丸ビルは耐えました。そんな頑張った東京の顔の一つなのに、「まるいビル」にされてしまっては、たまった物ではありませんよ。

 もっとも、大阪に行くと、本当に丸い「丸ビル」があるんですよね。

 現在の丸ビル35階の夜景は、素晴らしいものでした。誰か付き合っていってくれませんかね?

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涙そうそう

 こんばんは、チェスです。

 先日、NHKの番組を何気なく見ていたら、「名曲はこうして生まれた」というのをやっていました。番組は既に後半でしたが、夏川りみさんが歌って大ヒットとなった「涙そうそう」が取り上げられていました。小職はこの歌が好きで、年とともに涙腺が緩んでいるせいか、心理状態によってはこの歌を口ずさんでいると、なんだか泣けてきてしまいます。

 なぜだかが、この番組を見てわかったような気がしました。

 小職は、こうした歌は、まず作詞家による詩があって、それに作曲家がメロディーをつけるものだと思い込んでいましたが、そうでもないようです。

 この歌の場合には、沖縄出身の3人組「BEGIN」が、森山良子さんに詩をつけてもらおう、と作曲したのが始まりだったそうです。
 詩はついていなかったのですが、森山さんに送られた曲には「涙そうそう」とのタイトルがついていたそうなのです。これは沖縄の方言で、「涙が止めど無くこぼれる」ということだ、とBEGINから聞いた森山良子さんは、これに、1つ違いの兄上の思い出を綴ることになります。

 優しくスポーツマンで、仲が良かった森山さんの兄上は、若くして亡くなられています。

 なるほど、そうした思い出が、あの詩を産んだのだな、と合点がいきました。
 夏川りみさんが歌うにあたっては、たぶん彼女用に曲が移調されていると思います。そのため、男が歌うには、サビの部分が高音になって苦しいのですが、しかし唄いたくなる良い曲ですね。

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谷中界隈

 こんばんは、チェスです。

 今月13日の記事「旧友」で書いた友人のお墓参りに、やはり古い友人2名と3人で行ってきました。彼の家のお墓は、上野公園から谷中方向へ入っていった、お寺がたくさん密集しているところにあります。困ったことに小職はお寺の名前を忘れてしまいましたが、一人がきちんと覚えていて、しかも手際がよいことに周辺の地図のプリントアウトを持っていました。やはり、持つべきものは良き友です。彼はお酒とお線香を用意していく、との事でしたので、ならお花は小職が持っていこう、と伝えて、午前中に買い物に行ったスーパーで小菊の花束を2つ買って行きました。

 上野駅の公園改札で、2人と落ち合い、新装なった国立科学博物館や、西洋美術館の前を通りすぎると、上野公園に居住しているのか、たくさんのホームレスの人々が、何やら列をなしていました。

 とにもかくにも(他の2人の)記憶力と地図のお陰で、旧友の眠るお墓のあるお寺に着くと、そのお寺は全面的に建て替えられていました。名前を覚えていなければ、ひょっとするとわからなかったかもしれません。

 お墓を掃除して、お花を供え、お線香を上げると、やはり若くして死んでしまった旧友の話題になります。手を合わせると、「どうしているんだい。みんな、何とか元気でやっているよ。」とまぁ、そんなことを考えます。

 その後、3人で昼飯でも食べようや、ということになり、では日暮里方面に行こうか、と谷中界隈を歩いていきます。
 本当に、お寺ばかりの街です。谷中は台東区になりますが、道1本隔てて向うは文京区、という台東区の北西の外れになります。谷中は猫が多いことでも有名なのですが、どういう訳か、本日は見掛けませんでした。
 日暮里に向かうはずが、道がやや北に外れていた様で、出てきた通りは西日暮里駅の近所でした。
 西日暮里から日暮里に戻り、インド料理の店にてカレーを食べて、2人と別れました。

 どうも、散歩が好きだった旧友が、我々を余計に歩かせた様に思われました。

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半チャンラーメン

 こんばんは、チェスです。

 夜、寝る前にグラス1杯飲んでいた白ワインが無くなってしまって、無ければ無いでいいや、と思っていたのですが、どうも寂しいし、第一足先手先の冷たいのが緩和されて、眠りやすい、ということで、「あっち」様ご推薦銘柄の、アイスヴァインのロゼ、何かピンク色の甘いワインと聞いただけで、美味しそうじゃないですか、と思って、本日は強引に仕事を終了させて、前に「アウスレーゼ」を購入したお店で、アイスヴァインのロゼ、を探しました。見つからないのでお店の親父に聞いてみると、「ウチでは扱っていないですねぇ~」と、つれない返事。
 といって、他のお店を探しに行く程の根性もなく、前回のと同じはやはりつまらない、という訳で、同じドイツのワインで、アウスレーゼよか若干お安いのを1本買ってきました。何と言う銘柄かは忘れてしまいましたが、前は茶色のビンだったのですが、今度のは青いビンで、ラベルに小職の好きな猫が書いてあります。
 さっそく冷して、飲んでみますと、前のよりは甘さが控えめで、酸味を感じますが、やはり後味はすっきり爽やかな感じで、こちらも飲みやすいです。

 話はがらっと変わって、「半チャンラーメン」のことです。

 こいつは、「生まれた時から誰かに傅かれて身の回りの世話をされて育ちました。」という上流階級の人でもなければ、大抵の方なら説明は不要でしょうが、街の所謂「ラーメン屋」(中華料理屋にあらず)によくあるセットメニューのことです。ラーメンに、約半分の分量のチャーハンがついているわけですね。
 ラーメンもチャーハンも両方食べる事ができて、分量的にも多すぎない、ということで、お昼の人気メニューになっているラーメン屋さんが多いのではないでしょうか。
 が、実は小職には、これがいささか不満なのです。
 小職はチャーハンが好きで、自分でも色々と具を工夫して、オリジナルチャーハンを作っては自分で食べて評価するほどなのです。ですから、「半チャンラーメン」ではなくて、「半メンチャーハン」にして欲しいのです。
 ところが、ま、探せばあるところにはあるのでしょうが、中々「半メンチャーハン」はお目にかかる事が出来ません。
 ラーメンの方が、チャーハンに比べて人気のメニューであるから、ラーメンはきちんと一人前で、チャーハンは半分なのだ、という理由からなのでしょうか。

 小職は、違う、と思います。

 理由は「半」にあり、と睨んでいます。
 「ウチの中華麺は、自家製の麺ダヨ」というところはさておき、「半チャンラーメン」を出すあたりのラーメン屋さんは、麺を製麺所から買っているか、注文の麺を契約しているのだと思います。
 これらの麺は、利便性を考慮して、1人前づつに小分けされて納入されるのではないでしょうか。で、ラーメン屋さんでは、ラーメン(とその親戚筋)の発注があると、1人前に小分けされている麺を小さな取っ手付きの笊に入れてゆでる、という訳です。もし、麺を半人前にしろ、と言われたら、これはせっかく1人前に小分けされている麺を、わざわざほぐして、2等分しないといけません。これは面倒です。
 一方チャーハンは、普通のライス、チャーハン、中華丼、天津丼、マーボー丼、全部同じご飯を使えますから、電気釜かガス釜か知りませんが、大きなお釜で予め炊いておいたご飯を使って、中華鍋でジャーッと作るのですから、1人前だろうと半人前だろうと、その分量の調節は簡単です。
 これらの手間の問題から、「半チャンラーメン」はあるけれど「半メンチャーハン」は中々お目にかかれないのだ、と思っています。

「それがどうした?」と言われると、どうもならないのですけれども。(^.^)

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血の巡り

 こんばんは、チェスです。

 昨日の記事を書いていて思い出したことがありました。小学校の体育の授業での「フォークダンス」のことです。手をつないだ女の子から「チェスくんの手は冷たい」と言われたのです。
 フォークダンスですから、ご案内の通り、特定の女の子とずーっと手をつなぐわけではなくて、他の男何人かとの比較の問題なのか、と思いましたが、どうもそういう比較の問題ではなくて、自分の手の温度より小職の手の温度が低いがために、「冷たい」と感じたみたいなんですね。

 なんだか、小職が冷血動物の様な言われ様をされたみたいで、少し気分が悪くなりました。

 どうして、手が冷たいのか。

 これには思い当たるフシがあります。
 その小学校に行っていた時、親が小職に子供保険か何かを掛けようと考えたらしいのですが(今となっては推測です)、保険に加入するには、医師による健康診断が必要ですね。で、とある夕方、母親は小学校の近所にある診療所に、小職を連れていきました。どんな診察があったのかほとんど記憶がありませんから、まぁ大した事はしなかったものと思いますが、血圧を測っていた医師は、少し首を傾げて、

「お子さんは、血圧が低いですね。大きくなれば自然と治るものかもしれませんが、今のところはあまり激しい運動などは、させないほうがいいでしょう。」

 なんていうことを母親に言っているのが聞こえました。
 その後も定期的な健康診断で、「少し血圧が低い」と言われたことがしばしばありましたので、どうも健康な人よりも、少しばかり心臓の能力が劣っているのかもしれない、と思いました。
 ま、元々運動、スポーツの類はセンスがないとでも言いますか、人並みに出来ない、出来ないから好きになれない、嫌いだから練習しない、の悪循環で、だから「お医者さんから運動を止められるなら、それは寧ろ好都合」くらいに考えていました。

 好都合ではあったのですが、中学、高校といくうちに、血圧の低いのは次第に解消されて、社会人になるころには「まずまず理想的な血圧ですね」となりました。

 ただ、相変わらず、手足の先端が、冬になると冷たくてかないません。足の先がいつまでも冷たくて眠れないので、靴下を履いて寝ています。(だから最近は夜、酒を飲んで寝ています。)
 今は正常範囲に入っている、とは言え、血圧が低めであった前科があるのですから、もともと身体の隅々に血液を循環させる能力はちっとばかり低い筈です。となれば、手足の先っぽというのは身体の辺境ですから、血液の巡りが悪い人は、冷たくなりがちなのではなかろうか、というのが、小職の素人判断なのです。血圧と、手足の冷え、関係があるのでしょうかね。

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東海林さだおさん

 こんばんは、チェスです。

 サラリーマン漫画という世界を開拓した東海林さだおさんは、現在はエッセイストとしても大変著名で、たくさんの本が書店に並んでいます。
 東海林さんには大変申し訳ないのですが、小職が東海林さんのエッセイを買うのは、常に古本屋さんで、出たばかりの新刊を買うのは「それほどまでしては読みたくはない」と思ってしまうのです。

 だからと言って、面白くないということはなく、東海林さんのエッセイのほとんどは、外れがありません。サラリーマンの気持ちになるために、わざわざ自宅と仕事場を分けて、自宅から仕事場へ通勤する毎日だそうです。(今でもそうなのかな)
 東海林さんの漫画も、無論そうなのですが、エッセイを読むと、この人の人間を見る目の暖かさがよく伝わってきます。社会というのは、世の中のというのは、ごくフツーの人がフツーに生活して成り立っているんだ、という当たり前のことを、さりげなく伝えてくれます。

 東海林さんのエッセイは、挿絵が入ります。元々漫画家ですから、挿絵はお手のもので、出版社としてはこんなありがたい作家はいないでしょう。東海林さんはかつて自らのエッセイを「肉屋の店先で、おかみさんがコロッケを揚げて売っている、あんな感じ」と書かれていたと記憶していますが、今や名エッセイストの名の方が通ってしまったのではないかと思います。

 自らの青春時代のことを綴った「ショージくんの青春記」という本があり、初恋の儚い思い出が出てきます。好きな女の子に思いを告げられない。悩んだあげくに、手紙を書くことにします。しかし、万一彼女の家で家族に見られたりしたらどうしよう、などとまた悩むのです。そして、年賀状を書く、ということを思いつくのです。これならばまったく怪しまれずに、自分の思いを告げられる。思いの丈を込めて、ショージくんは彼女への年賀状を書くのです。「謹賀新年」と。

 これをもってして、愛の告白とわかる人はおりますまい。
 でも、小職も小学生の頃、同じ様なことをしていたんですよね。

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何と言うこともない日

 こんばんは、チェスです。

 他に書くつもりであった項目が、メモ帳には残っているのでありますが、時々日記風を書いてみたかったので、本日は日記風記事です。
 朝6時20分起床。ワイドニュース番組では、本日神戸で開かれる国際防災会議の事を報じています。スマトラ島沖の地震による津波の死者・行方不明者は17万人とも18万人とも言われていますが、とてつもない数。この犠牲を、今後にどのように活かすかが問題でしょう。

 8時40分頃出社。長い間会社のパソコンは、Windows98で動いていましたが、計画的な更新ということで、この度小職の専用機もWindows XPで動くパソコンになりました。但し、それまで使っていたソフトがXPに対応していなかったり、動いたとしても機能に制限が加わったりと、この新しい機械を手の内に入れるには、もう少し時間がかかりそう。

 昼休み。今日の昼食は先週末にまとめて注文をとるお弁当なので、食堂に向かいます。少し遅れて行ったので、お弁当を注文した最後の人が席にお弁当を運ぶところ。え?最後??アタシのは?と(小さな)声を上げたところ、(たぶん出張予定があったのでしょう)注文をキャンセルしたことを忘れて、お弁当を食べそうになっていた方が、ご自分の間違いに気が付きました。天ぷらにはお醤油がかかり、割り箸をまさに割ろうとしていたその瞬間であったので、そのお弁当は無事小職のモノになりました。
 ついていた、というべきでしょうな。

 最終期限が25日なのに、出来あがりが見えてこないでもがいている仕事が一つ。差し障りがあるので詳しく書けませんが、調査資料が結果を左右する仕事なのに、決定的な資料を見つけることができません。でも、もう時間がないので、今手持ちの資料だけで何とかするしかありません。という事を決断して、午後書類作成に入ります。

 夕方、半年おきのチェックのため、予約の歯科医院へ。今回はこれで4回目の通院で、本日終了。歯科医は、毎度歯茎の状態の(年齢の割りに)良好なことを誉めてくれる。では何もなければ、また半年後に。

 会社に戻り、仕事再開。骨格だけでも作っておかないと。しかし新しいword 2002、というか、XPの日本語変換の方式に戸惑い、イライラいたします。

 夕食は例によって大戸屋。昼食のおかずにハンバーグが入っていたので、夜は「サケの西京焼き」に致します。「豆腐ミニサラダ」を追加。ところがサケが丁度切れたところだとかで、今焼いているので後5分程お待ち下さい、と謝りに来る。西京焼きにはたっぷりの大根おろしが付いていて、なかなか美味しかったです。
 22時15分帰宅。
 何と言う特筆すべき事もない、典型的な日常でございました。

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お年玉付き年賀葉書

 こんばんは、チェスです。

 かなり昔に見たので、記憶曖昧ですが、「ちびまるこちゃん」を眺めていて、こんな年末風景がありました。
 まるこもいっぱしに年賀状を出すのですが、既にして年賀葉書はみんなに一枚残らず使われてしまっていて、まるこの家には全くない。仕方がないので、まるこはおじいちゃんだかに付き合ってもらって、年賀葉書を買いに行くのです。確かおじいちゃんは、「年賀葉書でなくても、普通の葉書で出せばいいじゃないか」というのですが、まるこは「ダメだよ、お年玉付きのでなくちゃ、年の初めの大博打なんだからさ。」とかいう台詞をいうのです。

 この「年の初めの大博打」という台詞が妙に気に入って、この時のストーリー自体は忘れてしまったのですが、お年玉付き年賀葉書を見ると、このまるこの台詞を思い出してしまいます。

 小学生の頃は、一等の賞品に、当時最新の家電商品が登場していました。小職が5年生か6年生かその頃だったと思いますが、「ラジカセ」が一等賞で、クラスの男の子の家で、このラジカセが当たった、という奴が出て、正月明けのクラスは凄い騒ぎになりました。
 当時のラジカセというのは、ラジオが普通の中波放送に、放送が始まって間も無いFM放送、更に短波放送が入るという3バンドラジオだったのです。なぜに短波が?と現在は思うでしょうが、なぜか当時は外国の日本語放送を聞くのがちょっとしたブームになっており、電波の到達距離が長い短波ラジオは、外国の放送を聞くのに不可欠だったんですね。
 但し、ラジカセについている短波の受信機は、「一応聞く事ができますよ」という程度のものだったので、これで外国の放送を聞くのはかなり困難だったと思います。
 アンテナも、ラジカセのアンテナでは受信能力は知れています。

 その後も、人気の家電が一等賞に登場することが多かったですね。曰く、電子レンジ、小型テレビ、ミニコンポーネントステレオ、もうちょっといってワープロなどかな。
 折り畳み式自転車、なんていうのもありましたね。

 大抵は、切手シートが当たった葉書が2、3枚、というところですが、如何なる訳か、今年は三等賞が当たりました。こいつは特産品小包を貰えるということで、郵便局に葉書を持っていくと、通販のカタログの様なパンフレットをくれまして、その中から欲しいものを選んで、これに書いて出して下さい、どこの郵便局でもいいですから、ということでした。
 めくって見ますと、最初のページに和牛のすき焼きやしゃぶしゃぶ用のお肉が並んでいます。
 実は小職は、お肉が嫌いな偏食人間なのですが、他のページを見てもあまり食指が動かず、結局のところこのへんのお肉を貰って家の人間に恩を売る、というところに落ち着きそうです。

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乾燥肌

 こんばんは、チェスです。

 毎年、お正月頃から、3月一杯くらいまで、乾燥肌というのに悩まされます。

 乾燥肌というのが正確なのかどうか知りませんが、空気が乾燥するこの季節、足と言わず手といわず、猛烈に痒くなります。一昨年あたりまでは特に足の太ももの内側がひどい状態になりました。
 痒くて、ボリボリと掻いていると、その部分がまた赤く腫れてしまい、益々痒くなるという悪循環で、お風呂に入って暖まったりすると、こいつが益々痒くなるので、お風呂に入る時には要注意でした。

 いかなる訳かわかりませんが、この乾燥肌が昨年あたりから少しマシになり、太もも内側の壊滅的にひどい状況というのが改善されました。ただ、全く良くなったか?というと、まだちょっと残っていて、足ですと、両足首の少し上のあたり、靴下を履いた時の上端部あたりがたまに痒くなります。
 痒いときというのは、無意識にポリポリやってしまうので、両足首の上の方は、部分的に赤くなってしまっています。普通は、うっかり掻かない様に気をつけているのですが、例えば車の運転をする時など、他に注意がむいてしまうと、信号待ちで停まった時などに無意識にポリポリやってしまっています。
 女性が、手の肌の荒れ防止のために、洗い物の後などにつける、保湿クリームがありますよね。
 あれをつけてみてはどうか、と思って、お風呂から出た後に、母親に借りて足首に塗ってみました。
 何か少し効果があるみたいで、風呂上りなどはやはり痒くなることが多いのですが、治まっている様な気が致します。でもこういうのは気長に継続しないと効果はでませんよね。

 不思議なことに、空気の乾燥が無くなってくる春になりますと、この手足の痒さは自然と治まってきます。

 同じ様な悩みの方、いらっしゃらないでしょうか。

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白ワイン

 こんばんは、チェスです。

 今年最初の本欄の記事「ほろ酔い加減」で書きましたように、小職はお酒が弱いです。
 ビールもあまり好きではなく、せいぜいが梅酒をオン・ザ・ロックで飲む程度です。

 ただ、ヒマがあるであろうお正月に飲んでやろうと思って、昨年暮れに白ワインを1本買ってきました。茶色いびんのドイツのワインで、リースリングというぶどうの種類を使ったもので、アウスレーゼとかいう種類のものでした。
 ワインには赤と白がありますが、赤ワインの赤は、あれはぶどうの皮をいっしょに醸造するために赤い色がつくので、皮を入れないものは当然に赤くならず、白ワインになるのだ、というその程度の知識しかございません。

 買ってきたワインのびんの裏には、熟して糖度の増した房だけを使って醸造したのが、このアウスレーゼという種類のワインなのだとかいうことが書いてあったように思います。
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 それを読んで、白ワインは、赤に比べて軽くて飲みやすく、それに加えてこいつは甘味があって、甘党の小職に向きそうだ、と思って買ったわけなのです。正確には忘れてしまいましたが、千数百円といった、そんなに高くなかった様に記憶しています。

 実際飲んでみると、確かに甘味があり、といってすごく甘いという訳ではなくて、すっきりさっぱりとした感じで飲みやすい。
 ワインなぞ飲めるかなぁ、と思ったのですが、意外にほいほいと飲んでしまいます。
 といっても一晩で一本を空けてしまうわけにもいかず、栓をして冷蔵庫に入れ、翌日又飲みました。
 冷蔵庫で冷しておくと、また美味しいという感じでした。
 ↑は、飲んでカラになってしまったワインの空き瓶です。オッペンハイマーのなんのと書いてあります。村の名前でしょうか。

 数日で飲んでしまいましたが、また買ってきて飲んでみたいと思います。

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更にまたまた 春の俳句

 こんばんは、チェスです。

 すっかり「ブログる場合ですよ」にハマってしまいまして。
 毎日、中島美嘉さんの上記企画に投稿する俳句を考えています。
 彼女の歌を聞いてみたくなりそうです。(今まで、聞いたことが無かったの!?)

 さぁ、今日の投稿作品 行ってみよ~。(欽ドン風 古いなー(~_~;)・・・)

     風光り 瞳潤みて マスク売れ

 言わんとすることはわかりそうなものですが、これは些か風情に欠けますなぁ。
 では、

     愛犬と 宵空見上げ 辛夷咲く

 春暁一刻値千金、という事で、春の宵はいいものなんですよ。数年前、チェス犬と、よく夜の公園を散歩したものでした。
 

 

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ボローニャの食パン

 こんばんは、チェスです。

 何度も書いておりますが、小職はパンが大好きで、だからどこかにパン屋さんの娘さんがいて、そこへの養子の口が無いか、と思っているくらいなのです。(だからと言って早起きをしなくてはいけないパン職人になるつもりはさらさら無い。)
 そんなチェスご用達の食パンが、「ボローニャの食パン」です。正式には「デニッシュ食パン」と言うそうです。
 
 食べてみると、いかにもカロリー高そうな、バターというか脂肪分たっぷりの存在感溢れる味なのです。一般的な、例えば「ヤマザキのダブルソフト」などを食べ慣れている方には「何これ~」という言葉が出てきそうな、強烈な個性を持ったパンなのです。

 このパンを作っているのは京都祇園ボローニャという会社なのですが、一昨年に、ブロック毎の会社に分かれてグループ企業を形成するようになったそうですから、首都圏は別の会社がパンを作っているのかもしれません。

 厚く切って、大事に朝食に食べているのですが、このパンが切れてしまって、毎晩会社の帰りにお店のパンの棚を眺めていたのですが、数日いつも棚が空っぽで、困り果てておりましたところへ、今日はようやく棚に2本パンが残っているのを見つけて、やれ嬉しや、と即座に買い入れ帰宅した次第です。

 このパンは、普通の食パンのことを思えば高価です。1本1260円致します。ま、3斤のサイズで大きいのですが、1斤に直しても420円と、高級食パンと言ってよいお値段でありましょう。
 しかも、面白いところに委託販売しており、小職が帰宅途中に立ち寄り、このパンを買うお店は、本業は本屋さんです。
 他に、神田駅近くの米屋さんで扱っていたのを知っております。
 直売のお店というのがあるのかもしれませんが、この様に町の思わぬところに委託販売しているのが、この会社の販売戦略なのかもしれません。

 ボローニャとは、確かイタリアの古い街の名前だったと思います。

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春と桜がテーマの俳句 再び投稿

 数日前に、「ブログる場合ですよ」の企画、中島美嘉さんの「春と桜をテーマにした俳句募集」に、一つ稚拙な奴をトラックバックしましたが、今日は最初に思いついた句を、推敲しましたので、再び投稿致します。

    革匂い 胸を躍らせ 桜風

 遥かな昔になってしまいましたが、毎年小学校に入学する新入生は、新しいランドセルの革の匂いに、わくわくドキドキするのではないでしょうか。その、初めての学校への道に、桜は本当に似合います。
 という俳句であります。もっと推敲したいなぁ。

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旧友

 こんばんは、チェスです。

 小職には、古い大事な友人がいました。

 いました、と過去形で書かなければならないのは、この大事な友人は、若くして死んでしまったからなのです。
 机を並べて勉強していたのは、中学校に通っていた3年間だけでしたが、中学卒業後も不思議と縁は途切れず、社会人になってもなんだかんだと他の仲間と時々会っておりました。
 10代の頃は、とにかく情に厚く、友達の信頼は裏切らない、そして優しい奴でした。
 高校を卒業すると、暫くは化学会社に勤めていましたが、そのうちにある小説家の所に弟子入りしてしまい、文章修行をすると、今度はフリーのルポライターをしてお金を稼ぎつつ、時期を見て小説も書き始めようか、という仕事をしていました。
 彼の仕事場のマンションの部屋を見せて貰いましたが、机と寝る部屋以外は書庫となっており、その書籍や資料の量に圧倒されてしまいました。
 彼に言わせれば、プロの流行作家はこんなもんじゃない、との事でしたが、たぶんそれは本当の事なのでしょう。

 仲間の一人が結婚する時に、彼は頼まれて披露宴の司会をしたそうです。それはもうユーモアたっぷりの見事な司会だったそうです。

 その、司会を頼んだ男から、彼が死んだという電話を貰いました。悪い冗談はよせ、と思いましたが、冗談ではありませんでした。
 翌日、彼の実家(同じ町内にあります。)に行くと、2人の友人が来ていました。

 その時の2人から、久しぶりに、彼の墓参りに行こう、とメールが来たのです。

 去る者は日々に疎し、と言いますよね。出典は中国の詩で、「去者日以疎、生者日以親」という一節から来ているそうです。死んでしまった者は、肉親であったとしても次第に忘れ去られていく、ということだと思いますが、彼は、良い友達を持っていたのだと思います。小職も、墓参りに付き合おうと思います。

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青色LED事件の和解に思う

 こんばんは、チェスです。

 既に大きくマスコミにて取り上げられていますから、詳細は省きますが、かつて日亜化学工業に勤務されていて、その時に発明した、「青色LED(発光ダイオード)」の発明者への補償(若しくは報奨)金を巡る、発明者である中村修二さんが、当時の勤務先である日亜化学を訴えた訴訟が、6億円あまりの発明者補償金によって和解解決を迎えました。

 この訴訟については、それまで「企業内の発明=いわゆる職務発明」について、会社があまり高い評価をしてこなかった中で、こうした問題を考えなおす大きな切っ掛けとなりました。

 元々、日本の会社においては、チームワーク重視、個々人の能力というよりは、協調性、和を以って尊しとなす、というところがあって、あまりの自己主張の強さは、社内では逆にスタンドプレーとみなされてしまうおそれが多分にあり、「出る杭は打たれる」のをおそれるあまり、「給料分だけの働き」しかしない社内研究者、開発者が多いとされていました。
 才能溢れる人は、組織になじまず、いわゆるヴェンチャービジネスを立ち上げるという方に行ってしまうのです。

 しかし、時代は変わりつつあります。いつまでも協調性、チームワークのみを重視していたのでは、国際競争の時代に乗り遅れてしまうのです。
 会社も、終身雇用という時代ではなくなり、実績評価、年棒制という雇用形態にシフトするようになりました。個人の能力と成果を、会社が評価して契約する、というのが今のトレンドです。
 こうなると、社内の発明=職務発明と言えども、きちんと公正な評価をして、正当に報いることが当然に必要になってきます。青色LED訴訟は、言わば必然の訴訟だった、ということができるのかもしれません。
 この記事でも、職務発明について過去書いたことがありますが、その時はやや会社側に近いスタンスで書いた様に記憶しておりますが、日本の官僚のトップは、今でも「東大法学部卒」で占められているはずです。技術者は、どう頑張っても技術者で終わる方が大部分です。ですから、会社への貢献を、発明という形で成してくれる技術者を、きちんと正しく評価して、報いることが、結果的に会社の活性を上げていく道なのではないかと思います。

 何かまとまりませんが、この訴訟和解の報道に接して思いました。

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大盛り

 こんばんは、チェスです。

 本日は、家の都合により、帰宅しても夕食がない(か、あるいは小職が敬遠したいメニュー)であるため、例によって「大戸屋」のお世話になります。
 夕食時のこととて混雑しておりましたが、しかし1人客であればどうにでもなりますから(多少混んでいる新幹線で帰る時と同じ気分)注文するメニューを考えつつ、階段を上がります。

 さて、今日は「和風野菜カレー丼」ということにしました。しかし本日はいやに空腹感が強かったので、ご飯を大盛りにオーダー致しました。あと、何時もの様にエスプレッソコーヒー用カップも貰って〆て703円也。

 1杯目のエスプレッソマシンからのコーヒーを飲みつつ、鞄の中から読みかけの文庫本を取り出して読むこと暫し、我がカレー丼が厨房から輸送されてまいりました。
 うんうん、確かにご飯の分量が、以前食べた時の記憶より多いらしく、丼の上の方にカレーがかかっています。野菜カレーだけに、一般的なにんじん、じゃがいもといったレギュラーメンバーに加えて、ピーマン、ナス、ハスといった面々が加わっているカレーです。加えて、カレーのルーの味付けが、和風になっていて、出汁の風味が致します。

 カレーの水平線が、丼の上部にあるのを頼もしく眺めつつ、スプーンを取ってハスから食べ始めます。どうやらこれらの野菜は、予め軽く油で揚げてある様です。
 大盛りのオーダーにしただけのことはあり、食べ応え十分だったのですが、「大盛り」のオーダーはご飯にのみ適用されるものだったのは、当たり前の話ですよね。カレーの方は、レギュラーヴォリュームのご飯に合わせてかけてあるので、どうも食べ進むに従って、カレーのかかっていない白ご飯の割合が多くなってきてしまいました。
 これは参った、と思いましたが、「和風カレー」であるためか、このお盆には、お味噌汁と漬物が添えられています。以前食べた時には、確か「カレーに味噌汁とは、なんとミスマッチなことか」と考えた様に記憶していますが、本日はこの連中が力強い援軍になりました。

 食後にも再びエスプレッソマシンからのコーヒーを飲み、満足して大戸屋を後にしました。

 ところで、この「ご飯大盛り」、我々男は簡単にオーダー致しますが、女性はどうでしょうかね。相当に空腹であっても、ちょっと「大盛りにして下さい」と簡単にオーダーできますでしょうか。
 躊躇するのではないでしょうかね。そのあたりを女性の皆様に聞いてみたいところです。

 仮に躊躇するとして、何かもうちょっと合理的に、ご飯の分量をオーダーできる方法は無いかな?

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春と桜がテーマの俳句 投稿

 こんばんは、チェスです。

 ブログる場合ですよ!で、中島美嘉さんが、2月2日にリリースするニューシングル「桜色舞うころ」にちなんで、「春・桜」をテーマにした俳句を募集しているそうです。

 俳句は、何しろ17音の、世界最短の定型詩の世界。難しいですねぇ。
 あの、それでは、昔の失恋の思い出を書いてみました。

 また巡る きみと来た道 桜散る
 ちょっと推敲できていないので、かなり稚拙。

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福袋

 こんばんは、チェスです。

 お正月になると、思い出すのが、「福袋」です。そう、百貨店がお正月の初売りで売り出す、あのデカい袋です。
 もう10年位前になりますか、一時、妙に福袋に凝ったことがありまして、年末になると新聞のデパート情報をチェックして、どこの百貨店がいつ初売りをするか、スケジュールを調べたものです。
 身体は一つですから、同じ日に初売りをするデパートには1箇所しか行けません。あるデパートの初売りに行って、福袋を入手してから、他のデパートに行ったとしても、既に福袋は売り切れているでしょうから、このスケジュールチェックは重要でした。

 ま、どのデパートも、毎年初売りの日程は決まっていますから、狙いは自ずと決まってきます。
 1日から、早々と初売りをする百貨店も、あるにはありますが、1日から早起きをするのは、やはり少しつらいので、勝負は2日から、となります。
 2日に1個入手して、中身がパッとしなかった(つまり外れだった)場合には、次の作戦で3日に出撃致します。これで、またしても外れだった場合には、仕方ありませんから、第3段作戦で4日も出撃致します。3日連続の早起きです。で、都合3個の福袋が集まります。
 3個とも外れ~、という年も、当然あります。外れになってしまった中身の数々を眺めながら、空しい気持ちになって、お正月が過ぎていきます。
 これらの品々は、取り敢えず家のどこかにしまわれますが、元々「外れ」ですから、再び日の目を見る事無く、バザーなどに里子に出される運命です。

 勿論、中には結構良いものが入っていたこともあります。
 ただ、確率的には、やはり外れが多かった様に思います。

 結論として、百貨店の福袋は、早起きをしてまで、買いに行く程のものではない。
 という結論を得るまでに、数万円の投資と、何回もの早起きをしなくてはいけませんでした。

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雀荘

 こんばんは、チェスです。

 席料を取って麻雀をやらせるお店のことを、雀荘といいますよね。
 世の中には、色々なサービス業がございますが、なんで「麻雀店」若しくは「雀店」ではなくて「雀荘」なのでしょうか。
 もっとも公共放送たるNHKのニュースで流れる時には、雀荘とは呼ばずに「マージャン店」と言っているみたいですけどね。(別にNHKに限らんか)
 「荘」の字が付くものとしては、アパートや旅館に、この字がついているのを見かけますね。○○荘、とついている旅館やアパートがあります。
 ならば、と漢和辞典を見てみました。
 なる程、「荘」の字には別荘の意味があります。また、「店」「大きな店」の意味もあります。
 別荘の意味から、旅館やアパートの名前に、この字が使われているのがわかります。
 そして「麻雀をやらせる店」→「麻雀荘」→「雀荘」ということになったのでしょうね。

 麻雀は、元々中国に起源を持つゲームです。ですから、「麻雀店」「麻雀所」ではなくて、中国風に「雀荘」ということになったのでありましょう。
 なんでも、本場中国の麻雀牌は、我々が知っている(皆さんがお使いの)あの麻雀牌より、かなり大きなシロモノだそうです。そうなると、麻雀用のテーブル=雀卓も、日本のものでは小さくて牌を並べることはできないでしょうね。

 1対1で行なう将棋や囲碁、チェスなどのゲームは多いですが、4人一組で行なうゲームというのは案外無いのではないでしょうか。4人が丁度四角いテーブルを囲んで、麻雀牌をガラガラとかき回している様子は、何とも言えず楽しそうに見えるものです。

 実は小職は、麻雀ができません。一応パソコンの麻雀ゲームをやったことはありますから、ルールは知っていますが、3人を相手に実際の麻雀をやることはできません。なぜというに、麻雀の点数を計算することが出来ないからです。パソコンのゲームでは、点数はゲームの方で勝手に計算してくれますから、計算方法を覚える必要がないのです。
 なんでも、前民主党の代表、菅直人氏は、麻雀の自動点数計算機を発明して、特許を取ったそうです。ちなみに菅直人氏は、弁理士の資格を持っていて、たぶん現役国会議員で弁理士というのは、菅さんだけでしょうね。

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手袋

 こんばんは、チェスです。

 もう何回も使っているフレーズで、こういうのは夏も同じ様にやらかすので、マンネリズムの極致であって、我ながらいやなものですが、「寒くなってきましたねぇ。」
 寒くってもなんでも、会社からお給料を頂戴している身分としては、時間になれば会社に行かねばなりせん。コートのポケットに両手を突っ込み、寒そうに背中を丸めて歩くのは、さすがにちょっと格好が悪いですし、第一そこいらに躓いて転びでもしたら、身体を支える両手がポケットの中、と言う状況は破滅的な結果をもたらしかねません。

 そこで、手袋の登場ということになります。

 会社の同僚から何かのお返しで頂戴した手袋と、自分で購入に及んだ手袋の2セットを、別々のコートのポケットに突っ込んでおいて、仮にコートを取り替えて会社に行っても、手袋は忘れない、という何だかアホらしい仕組みを作っております。

 さすがに手袋を装着してまで、コートのポケットに手を突っ込む、というバカなことはしないので、手袋を装着して、背筋を伸ばし、颯爽と歩いて会社へ赴く、と、こうなります。
 姿勢も良くなり、大変結構なのですが、手袋をしているとネガというか、不便なことも出てきます。
 小職は電車に乗るためのSUICA定期券入れを、鞄のファスナーポケットに入れているのですが、手袋をしていると、ファスナーを開けて、定期券入れを引っ張り出し、改札を通過したら、再び鞄のポケットにしまう、という一連動作が案外うまくいきません。しかしこんなのは練習すれば慣れてきますので、大したことではありません。

 電車に乗りますと、携帯電話機を取り出して、やおらメールを打ち出す・・高校生ではないので、さすがにこれはやりませんが、手袋装着でメールは打てませんよね。
 しかし、鞄から読みかけの本を出して、続きを読み出す、となると、これはやはり手袋をしてはいささか不便をきたします。ならば手袋を外せば済むことじゃないか、と、そこのアナタにおっしゃられるまでもなく、手袋を外します。で、これを膝の上に載せた鞄のさらに上に載せ、その上で本を広げて読みます。
 面白い本ですと、ついつい夢中になって読み耽り、下車駅が来た事に気が付いて、慌てて本を閉じて降りようとすると、外した手袋をすっかり忘れていて、手袋を電車の床に取り落としてしまうことが何度もありました。
 何度も同じヘマをしでかせば、いくら小職でも少しは学習いたします。外した手袋を、コートのポケットに突っ込んでおけばいいのです。

 で、電車を下りて、再び手袋を装着しようとすると、右のポケットから左手用が、左のポケットから右手用が出てきて、ちょっと困惑するのです。

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靴がきつい~

 こんばんは、チェスです。

 会社に行くときには、さすがにスニーカーという訳にはいきませんから、革靴を履いていくのですが(それにしても、安直なスリップオンばかりで、ストレートチップなどありませんが(^^ゞ・・)しかし革靴は水に弱いです。これはもう「大リーグボール2号は水に弱い」のと同じ位はっきり弱いので(例えがかなり古いか・・)雨が降りそうだ、という気象情報を、朝仕入れた時には、水に強い仕様で作ってある(簡単に言ってしまえば合成皮革(-_-) )奴を引っ張り出して、履いて行くことにしています。
 ところで、人間の足というのは、午前中と比べると、午後遅い時間、夜などになると、多少浮腫んで靴のサイズも丁度のサイズが少し大きめになります。
 で、どうも、この「雨対策靴」はお昼頃に購入に及んだ靴ではないのかな、と思われるのです・・・。
 さて、午後は雨が降りますよ、という気象情報を仕入れた朝、小職は例の靴を引っ張り出して、履いて行ったのでありますが、駅に着く前に、早くも
 「ナンか、きつい。」
 あちらの駅を降りて、歩いていると、もうはっきり
 「靴がきつい~」
 指先が痛いのです。
 何故か、というと、前記の様な理由もあるのでしょうが、ここ数日の寒さで、靴下を、厚手のものに代えていたのですね。
 また、革靴という奴は、履き慣れてくると、革が少し伸びるのでしょうか、所謂「やれてくる」とでもいうか、形が少々、言いあんばいに崩れてくるとでもいうか、最初はジャストかな、と思っていても余裕が出てきますのですが、雨用の靴については、大事に履いているため、充分にこなれていなかったということもあるみたいです。
 ともあれ、足の指先が痛いのは、たまったものではありません。

 あまり足の指先が痛いので、衝撃が伝わらない様に、とヘンな歩き方になってしまったのか、今度は膝に負担がかかってくる始末です。

 毎日お世話になる靴については、あまりケチらず、どんどん履いて慣らした方がいいのかもしれませぬ。

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門松の竹

 こんばんは、チェスです。

 まずは、このピンボケ写真をご覧下さい。
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 良く写っていないので、見難いですが、会社の門のところに飾ってある「門松」です。
 どこを見ていただきたいか、と申しますと、竹の先端なのです。
 節のところを水平に切っていますよね。ですから、竹はそのままの形で飾ってあるのです。
 このスタイルの門松は、小職が約20年前に会社に入社して以来、ずうっと同じ形です。
 ちなみに、会社から帰る時に、「自由民主党選挙支部」の前を通りますが、ここに飾ってあるのも同じスタイルの門松でした。

 しかし、小職のイメージでは、門松の竹の先っぽは、ナナメに切り落としてあるスタイルなのです。ナナメに切ってあって、竹の内側が、表に見えていて、切った断面は、楕円形をしている奴です。

 ずーっと、門松の竹は、こういう風に切ってあるもの、と思い込んでおりましたので、会社に入って門松の竹が節で水平に切ってある「竹のままの姿」なのに、「なぜ、先っぽをナナメに切らないのだろう」という疑問を持っておりました。
 これは、社内の色々な人に尋ねてみましたが、どうも納得の行く回答をしてくれた方がいらっしゃいません。
 何か、流派というか、流儀というものが絡んでいる様な気がするのですが、すっきりしないのです。
 門松の竹を、ナナメに切っているものも、当然ご覧になったことがありますよね。

 どなたか、教えて下さいませ~。お願いいたします。 

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天ぷら

 こんばんは、チェスです。

 揚げたての天ぷらは、サクッとした歯ざわりと適度な熱で、非常に美味しいですね。
 天ぷら屋さんで、カウンターに陣取り、板さんが次々に揚げてくれる奴を片っ端から食べるのなんか贅沢です。
 まぁ、それほどでなくても、家で揚げる天ぷらは、揚げたてに近い状態で食べられますから、まずもって美味しいです。
 高級な、例えば大きな車海老だとか、カニだとか、松茸だとかを使っていなくても、ありきたりの野菜と、スーパーの鮮魚部で売っているエビや魚で、充分に美味しい天ぷらをいただくことができます。

 事あるごとに、友人知人に言い触らしているのが、じゃがいもの天ぷら。
 これは美味しいです。通常、おイモの天ぷらと言えば、サツマイモを薄くスライスした奴ですね。おさつの持つ甘さが、天ぷらにした時の熱で膨らんで、甘くて美味しいのですが、じゃがいもの天ぷらも負けず劣らずに美味しいです。
 じゃがいもは、熱が通りにくいですから、1cm以下、出来れば5~8mm程度の薄さにスライスするのが望まれます。衣は薄く、少しだけ付けて、焦がさない様に揚げます。
 基本的にはフライドポテトなのですが、より一層じゃがいもの素材の味が楽しめることでしょう。

 小職の鉢植えの中に、パセリがあるのですが、この季節、たくさんパセリが生えています。こいつを天ぷらにしたら、果たしてどんな味になるだろうか、と思って、少し摘んできました。
 よーく洗って、水気を切って、粉を付けて揚げてみると、まるでチビのカリフラワーだかブロッコリーだかみたいな姿になりました。
 食べてみると、パセリの持つきつい苦味は無くなりましたが、要するに何の野菜だかわからなくなりました。パセリはお薦めしません。

 竹の子の天ぷらというのも、中々いけます。
 茸類の天ぷらも概ね好評ですが、舞茸の天ぷらは、見た目はぱっとしませんが、結構美味しいと思います。

 ということで、安い素材で、色々天ぷらをお楽しみ下さい。

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年末・年始の挨拶回り

 こんばんは、チェスです。

 お正月も4日となりますと、小さな商店もだいぶお店を開けるようになり、電車に乗っても背広にネクタイ・コート姿のビジネスマンが見られる様になります。営業職の方は、お得意先への「年始回り」ということなのでしょうね。
 年末にも、同様の挨拶回りがあり、この時には会社の名前の入った(ちょっとお金をかけている会社ではオリジナルの)カレンダーを手に、
「今年1年、大変お世話になりました。弊社は29日からお休みさせていただきますが、来年もよろしくお願い致します。」
 といった調子の挨拶をしてお得意先を回る、という訳です。

 いやしかし、プジョージャポンのディーラーさんは、どうも一度売ってしまったユーザーには少々冷たくて、楽しみにしていた大きなカレンダーを送ってはくれませんでした。ホンダさんはセールスさんがわざわざ持ってきてくれたのになぁ。

 年が明けて、早い会社では4日から、5日、6日あたりにはもうほとんど通常モードでビジネスが始まるのですが、その時にはこれまた会社の名前の入ったタオルなどを手に、
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。」
 という調子の、まぁ紋切り型のご挨拶が、日本全国で交わされるわけですね。
 しかし、良く考えてみれば、年末の挨拶が12月27日で、年始の挨拶が1月5日だったとすると、その間は8日間。1週間と1日です。10日に満たない間隔で、(たぶん)同じ顔合わせによる挨拶がなされる、というのは、チトアホらしい、という気も致します。
 年末の挨拶に行ったところは、年始は省略して、という風でも良くはないか、と考えるのですが、如何でありましょう。いや、「そんなの、とんでもない!」と怒られるでしょうね。

 しかし、年末年始の挨拶回りで、どこも道路は渋滞するんですよ。
 明日は5日。そろそろきっと、東京の道路も、普段通りの顔に戻りつつあるでしょうね。

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睡眠習慣

 こんばんは、チェスです。

 今年の、私の勤務先のお正月休みは、所属する事業部に関係無く、全社一緒で9日間。世間的に言えば充分長い方と言えましょう。故郷が遠方の方は、帰省されるのにうまく日程を調整できて良いと言えましょう。但し「東京が故郷」という不肖チェスの場合には、ただひたすらに長い休暇ということで、毎日の仕事のリズムを取り戻すのがつらいかもしれません。

 習慣というのは大したもので、例えば本日は週の月曜日にあたるので、本来は出社しなければいけません。小職は、会社がある日には、概ね朝6時15分~20分にベッドを出て布団とベッドを畳みますので、目が覚めるのは6時前後という事が多いです。で、今日は会社に行かなくても良いのですが、やはり6時少し前に目が覚めてしまいます。薄ぼんやりとして、まだ寝ていていいんだよなぁ。でも何時だろう、と時計を見ると、何時も目が覚める時間であると、我ながら感心してしまいます。

 人間にとって睡眠というのは欠くべからざる行為でありますが、その気になれば2晩や3晩はカンテツ=徹夜をしても別に死にはしません。まぁその反動というか、昼間に睡魔が襲ってくるのは避けられませんが。
 とは言え、人それぞれではありましょうが、ベストの睡眠時間というのがあるでしょう。
 小職の場合には6時間~7時間がベストで、6時間を切ってしまうと、だるいとかいうことはありませんが、翌日今一つすっきりしません。
 そこで逆算すると、だいたい11時30分~12時頃に寝ると、翌朝は支障無く会社に行く事ができる、という訳です。
 この睡眠の習慣は、本当に人それぞれで、短時間の睡眠を全く苦にしない方や、逆に睡眠不足に弱い方など、様々です。要は「自分のベストコンディションを知り、管理すること」が大切であろうと思います。

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「目から鱗が落ちる」

 こんばんは、チェスです。

 本日、「水夢王国練習会」で毎度お世話になっている面々にお集まりいただいて、「泳ぎぞめ」をしてきました。そいつの詳細については「コースロープはいらない!」に書きますので、ご参照いただくとして、その後でイタリアンレストランで皆さんと楽しくピザやパスタを食べました。

 その時に、話の途中で、「目から鱗が落ちました」という言葉が出てきて、「ハテ、人間にはウロコなんてないのに、どうして目から鱗が落ちたなんていう言葉があるのだろう?」と思いました。

 小職はいい加減に、「中国あたりから来た言葉じゃないですかね、ハハハ。」と言いましたが、これが真っ赤なデタラメでした。
 この言葉の、今の意味は、皆さんお分かりですよね。疑問が突然に解消して、すっきりした、という気分の時に、「目から鱗が落ちたみたいです」などと使います。

 調べてみましたら、こいつは新約聖書に登場する言葉が起源みたいです。
 私は新約聖書を持っておりませんので、残念ながら原典にあたることはできないのですが、なんでもキリストの奇蹟の一つに、目の見えなかった人が、目が見える様になったというものがあるようなのです。
 その奇蹟の表現に、「目から鱗が落ちるが如く」というのがあり、この言葉が一人歩きをしてしまって、今の様な使われ方をするようになったみたいです。
 元々は別の意味だった-「間違った考えの者が、正しい考えになる」-というのが、何時の間にか、わからなかったことが突然にわかった時の比喩表現、になってしまったのですな。

 それにしても、「目から鱗のようなものが落ちた」と書いてあるのか否か、ここらの表現は、原典をあたるより確認の方法がないのですが、新約聖書を日本語に翻訳されたのは何時頃なのかはわかりませんが、「鱗」という言葉を使っていることが少々不自然な気が致します。仮に直訳的なものだったとしたら、何か本来は別の意味があったのに、ぴったりする日本語が思い浮かばなかったので、「鱗」という言葉をあててしまったとは考えられないでしょうか。
 少しだけ前進したのですが、この件は「目からウロコが落ちた」とは言い切れない感じです。

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ほろ酔い加減

 新年あけましておめでとうございます チェスです。

 本年も、当ココログ「タネがいっぱい」並びに水泳関係をテーマとする「コースロープはいらない!」、クラブ法人会員ラフィアンターフマンクラブにおける会員生活の悲喜交々「ラフィアン鳥越支部」を、どうぞご贔屓に、よろしくお願い致します。 

 お正月には(暮れのうちもですが)何かとお酒を飲む機会が多くなると思います。お年賀に訪問した先で、昼間でもさっそくお酒が出てくるのは、お正月ならではでありましょう。
 お酒には本当に種類が多く、地球上でいったいお酒の種類がどのくらいあるのか、見当もつかないくらいですが、まぁそのくらい、このエチルアルコールを主成分とする飲料が、人類に愛されている証左でありましょうね。
 実は小職は、ほとんどこのお酒というものが飲めません。世の中には、アルコールにアレルギー反応を起こす人もいて、こういう方は、仮に奈良漬を食べてもアレルギー反応を起こしてしまいますから、絶対に飲ませてはいけません。
 小職の場合には少し違って、所謂「お酒に弱い」というカテゴリーに属します。アセトアルデヒドの分解酵素を持っていないがために、アセトアルデヒドが中々分解されずに、体内に残ってしまい、これが溜まると悪酔い状態となって、ノックダウンとあいなります。

 しかし、慎重に少ーしずつ飲んでいる分には、これはまぁそれほど心配することはなくて、寧ろ日頃のタガが外れて、大いに愉快な気分になります。「ほろ酔い加減」という奴でしょうか。気分は高揚し、誰彼と無く仲良くなりたくなり、元々地声は大きい(らしい)のですが、そいつが益々大きくなって、いらぬ事まで言ってしまう、ということもございます。ただ日本においては、「酒の席のことだから」ということで、上司や目上の方に対して、相当の無礼を働いても、それは許されることになってしまうらしいので、幸にして決定的なヘマをやらかしたことはありません。

 このへんで止めておけば、お酒はストレスの解消にもなり、なかなかいいものだということになります。

 しかし、間違ってもお酒を飲んだ後で、自動車を運転してはいけません。「飲んだら乗るな」は使い古された標語ですが、生き残るべき標語ですからね。

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