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喪中欠礼

 こんばんは、チェスです。

 毎年、11月下旬あたりから12月初旬にかけて、ちらほらと「喪中欠礼」の葉書が郵便受けに入ります。
 この葉書を出した方のお宅は喪に服しておられるわけですから、年賀状は出せません。ですから喪中欠礼の葉書は他の郵便物とは別にして、きちんととっておかねばなりません。師走も中旬となれば、きちんとした方はそろそろ年賀状の準備にかかりますから、喪中欠礼の葉書は遅くても12月の初旬には先方に着いていないとまずいでしょうね。

 少し前の「年賀状」の記事で、パソコンと高性能プリンターの普及は印刷屋殺しだ、とか書いた記憶がありますが、喪中欠礼の葉書についても同じ事が言える様で、裏書は葬儀社出入りの印刷屋が印刷したレディーメードの文面で、表書きだけ手書き、という古典的な葉書は最早少数派で、裏書も表書きもパソコン入力された文面と住所氏名でご家庭のプリンターで印刷しました、というものが多くなっております。

 この記事でもご紹介した、音楽家にして名随筆家であった團伊玖磨先生は、「年賀の挨拶は、本来相手方のお宅に出向いて直接行なうもの。年賀状は『新年の挨拶には行けませんが、その代理として葉書を送ります』という失礼なものであるからして、出さない。」というお考えであったらしく、年賀状というものを全くだしておられなかったようです。ですから、喪中欠礼の葉書についても同様で、身内に不幸があったので、今年は年賀の挨拶の代わりの年賀状も出しません、というのは、二重に失礼ではないか、とおっしゃって、團先生のお父上が亡くなって、喪中欠礼の葉書の相談に来た印刷屋さんを困らせています。

 人によっては、亡くなったときの葬儀を、故人の遺志ということで行なわず、身内のみの密葬という形で済ませてしまうので、関係者に連絡が行かず、喪中欠礼の葉書を頂戴して、初めてご不幸の知らせを受けて驚くということもあります。
 喪中欠礼をいただき、亡くなった方の名前を見ても、実はご生前に一面識も無い方という場合も多いのですが、あるいは学生時代に遊びに行った友人宅で、いつもにこやかに歓待してくれた母上が亡くなったという知らせであったりすると、あの頃から30年近くが経ったのか、と思わず過去を振り返り、あいつは今何をやっているんだろうか、と懐かしく思い出すことになります。

 デジタル時代で、ビジネス文書も、プライヴェートな連絡も、携帯メールやパソコンの電子メールで、そして年賀状もE-メールのグリーティングカードというのがあまり前のようになりましたが、さすがに喪中欠礼は、電子メールという訳にはいかないのではないでしょうか。

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