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情けは人のためならず

 こんばんは、チェスです。

 良く勘違い、誤解をされている言葉に「情けは人のためならず」というのがございます。
 「情け」は、同情、愛情という言葉がありますから、憐れみ、慈しみの気持ちということでしょう。それで、以下の文をそのままに解釈して、「(他人に)情けをかけてやるということは、その人のためにはならない。無情というように見えても、それがその人のためなのだ。」という意味に捉えている人が多いとのことです。
 ま、一応意味は通りますから、誤解だ、間違いだ、といっても理解しにくいでしょうね。

 本来の意味は、無論違います。
 (他人に)情けをかけてやる、ということは、表面的にはその人にため、と見えるかもしれないが、世の中というものは不思議な縁で多くの人と関係ができていて、様々な局面で、我々は助け合いによって生きているのである。つまり(他人に)情けをかけてやる、という行為が、めぐり巡って結局は自分のためになるのだ。だから、他人に対しては優しい気持ちで、困っている人がいれば情けをかけてあげなさい。
 といった意味なんです。

 最初の方の解釈でも、一応意味は通る、と書きました。例えば子供の教育とか、人材の育成とか、選手の養成とか、ある課題を与えて努力させているときに、無用の情けをかけてしまうと、本来の能力発揮を却って妨げてしまう、ということもありましょう。
 でも、この言葉はそうした狭いシチュエーションのことを言っているのではないんですね。
 分かり易く言ってしまえば「困った時はお互い様」という奴です。

 例えば今回の新潟中越地震で、自宅が潰れてしまって、仮設住宅ができるまでの間は避難所や野外のテントや、車の中での生活を余儀なくされている人たちが多くいらっしゃると報道されています。ボランティアで救援活動をされている皆さんには、本当に頭が下がりますが、そうした「簡単にはできそうもないこと」ではなくても、ちょっとしたことに助力する、ということが必要なのではないかと思います。自分のことだけを考えていて、回りは全て他人だから、どうなろうと知ったこっちゃない、という人ばかりになってしまったら、あまりにも殺伐として寂しい世の中になってしまいます。
 ですから、本来の意味における「情けは人のためならず」という言葉が非常に好きです。

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