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カセットで遊んだ

 こんばんは、チェスです。

 本題に入る前に、ちょっと訂正というか、補足をさせていただきます。
 「こんな競技をオリンピックでやったらどうだ」といったことを、8月14日の記事で書いているのですが、その中で小職は「綱引き」を挙げて、「何故ないのか不思議なくらい。きっと盛り上がる」と書いているのですが、これは実際にオリンピックにあったのだそうです。(「クイズママだす」で問題に出ていました。)どうして無くなってしまったのか、というと、国毎にあまりにもルールが違うので、それを調整するのが大変だったとか。
 綱引きのルールって、そんなにたくさんあるんですかねぇ。例えば1チームを編成する人数だとか、チームを構成するメンバーの体重制限だとか、綱の太さや長さとか、勝敗を決定するための真ん中の目印の移動量とか、そんなものが違うんですかねぇ。「国際綱引き競技連盟」みたいな組織で国際ルールを決めていけば(これだって実際にありそうなものだが)再びオリンピックに登場する日もあるのではないでしょうか。

 さて、チェスが中学生の頃の話ですから、かれこれ30年近く昔です。
 当時は、「ラジカセ」というものが出始めた頃でした。中学に上がる前、小学生の時に、お年玉付き年賀葉書の1等賞品が、このラジカセで、クラスに「ウチに来た年賀葉書で1等が当たった」という奴がいて、全員の羨望の眼差しを集めたことを、今でも覚えています。

 まぁ、中学2年かそのくらいかな、小職もやっとラジカセを買って貰いました。
 そのラジカセ仲間でなにをやったかというと、カセットテープに自分のおしゃべりを録音して、これをメンバーに聞かせる、という校外サークルみたいなことをやっていたのです。当時ラジオでは「ディスクジョッキー」という言葉が流行っていまして、今なら「パーソナリティー」でしょうが、2時間くらいを延々1人でお喋りする番組が人気でした。お喋りばかりではツライですから、時々リスナーからのリクエストに応えて、レコードをかけるので、ディスクジョッキーなのでしょうね。
 これの真似事を、カセットテープでやったのです。
 しゃべることは何でもOKで、別にルールはありませんでした。DJと同じ様に、時々音楽をかけて繋ぐのもアリでしたが、ルールとしては「必ず自分のお喋りを入れること」というのがありました。単に延々と音楽だけ聞かせるのは、反則でした。
 1人でしゃべるのは、間が持たない、という人間は、ゲスト、つまり友達を家に呼んで、2人あるいは3人で掛け合いをしても、それはOKでした。
 かける音楽には、各人の趣味がよく表れていて、面白かったです。当時カセットテープからカセットテープのダビングというのはラジカセが2台ないと出来ませんでしたから、その意味でも機械持ち込みでのゲストというのは、ありがたかった訳です。
 そんなことをして、著作権法違反にならないのか、と心配する向きもありましょうが、テープを聞かせるのはほんの数人のシンジケートに限られていましたから、今判断しても「個人利用」の範疇に含まれるであろうと思います。
 今して思えば、小職のおしゃべり好きは、この頃から醸造されていましたね。当時のテープは面白いので大半が取っておいてあります。恥ずかしくて聞く気にはなれませんけどね。

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コメント

エンソマンです。

ボクも「カセットで遊んだ」口です。チェスさんとほとんど同じことやってましたよ。
当時、ラジカセってちょっとステータスでしたよね。

DJ遊びをやっていた当時の仲間の一人は、いまだにクラブで皿を廻しています。中学時代の影響って将来大きいですね。
なんとなくTDK派とマクセル派と別れていたような・・・。
ちなみにぼくはTDKでフェリクロームぅ(渋い!)。

投稿: エンソマン | 2004.10.18 22:29

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