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誕生日のこと

 こんばんは、チェスです。7月8日は、小職の42回目の誕生日でして、はからずも「水夢王国」の掲示板やメールなどで、お誕生日おめでとう、とお祝いをいただきました。こんなことはかつてなかったことで、インターネットでお知り合いになれた皆様の暖かさに、しみじみと嬉しさを味わっています。

 遥かな昔なので、かなり記憶も曖昧になりつつありますが、小職が小学生の3年生くらいの頃だったと思います。
 クラスの中でも、比較的裕福な家庭の友達から、お誕生日会をやるのでおいで、と誘われました。無論、当日は喜んで出掛けて行きました。小学生のことですから、そう大したものではないにせよ、手ぶらでお招きにあずかる訳にはいかず、小遣いとは別枠を認めてもらって何がしかのお金をもらい、何か誕生日のプレゼントを買って持っていったと思います。どんなものをプレゼントしたかは忘れてしまいました。当日は、他に招かれた友数人と、バースデーケーキを始め、色々とご馳走になったと思います。ご馳走になったといっても、小学生のことですから、おやつをちょっと豪華にしたくらいのことであったでしょう。
 今して思えば、そう大したものは出なかった筈なのです。

 が、チェス母親は、そうは取らなかったらしいです。

 誕生会に招待されたのであれば、ウチの誕生日がきたら、お返しに招かねば、礼儀知らずになってしまう。
 とでも思ったのではないかと思います。

 当時、チェス家の経済は、一言で言って苦しいものでした。最初はアパートを借りていた父は、少しでも家賃を安くしようと思ったのかどうか、チェス幼稚園の時に、祖父の家の2階の一間を借りて引っ越しました。チェス弟も生まれていましたので、4人家族が6畳一間と台所という住環境で住んでいたのです。祖父の家の2階には、もう1部屋がありましたが、祖父はその部屋を別の人に貸していました。やがてそこもチェス家が借りることになりますが、それは暫く後のことです。
 母親は、当然の様に働きに出ていました。
 そうした状況下での、お誕生日会のご招待です。母親は「やっかいなことになった」と思った筈です。

 やがて、小職の誕生日が来ました。母親は、仕事を休んで誕生日会をしてくれることになりました。
 過去呼ばれた友達の中で、2人だけ招待しろ、ということでした。何せ、上記の様な住環境ですから、何人もの招待客を呼べないのです。で、厳選された2人に来てもらうことにしました。
 暑い、初夏の日でした。形どおり、丸いケーキを切ってもらい、カルピスだったかジュースだったかを飲みました。母親手作りのサンドイッチが出ました。
 プレゼントを貰ったと思いますが、こちらは覚えていません。
 丸いケーキに小学生3人では、当然余りますので、帰る2人には残りのケーキを持って帰ってもらいました。

 今思いますと、あの日のために母親がどれだけ無理をしたかがわかります。

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コメント

チェスさん、お誕生日おめでとうございます。この歳になるとあまりうれしくないですね。でもある人から言われました。「それだけ、生きて来られたことを感謝できることは、大変おめでたいことです」と。チェスさんも以前の投稿にもありましたが、ご病気もされた様子、それを克服して、水泳や「ギャンブル」などとも巡り合って、42年間生きて来られました。日本は平和な国なので、あまり意識してはありませんが、今でも、戦禍や疫病・貧困のため生きていることが奇跡の人も多くいます。そういうことを考えると、今まで生きて来られたことを感謝して、お祝いしたいなと思います。

投稿: 水泳中毒患者 | 2004.07.09 00:56

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