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携帯電話の携帯方法

 こんばんは、チェスです。

 何を今更、というお話なんですが、ご勘弁下さい。

 小職の仕事は、所謂デスクワークという奴で、会社に出勤しますと、出張や所用で外出する以外は在席していますので、会社のチェスに連絡をつけることは非常に容易です。そんな訳ですので、小職の携帯電話は勤務中は用無しであり、カバンの中に放り込みっぱなしです。勤務中に携帯電話を鳴らされても、出ることはありません。

 ただ、少し前に平塚の工場に2日間ばかり出張していた時は、さすがに「カバンの中」はまずいだろうと思い、(チェスは何時でもマナーモードなのでカバンの中だと気がつかない可能性あり)携帯電話にかかってきたら出られる様にしておきました。どこか、電話がかかってきたらすぐに出られるところに、「携帯」していないといけません。ズボンのポケットというのも考えましたが、ここには通常ハンカチや小銭入れを入れているので、出し入れが頻繁であり、携帯電話なぞ落としてしまうかもしれません。
 で、上着の胸ポケットに放りこんで、すぐに引っ張り出せる様に、ストラップを外に出しておきました。
 で、やっぱりというか、会社と外部とから、2日間に5、6本の電話がありました。
 普段携帯電話を「携帯」していないものですから、突然に左胸のあたりが「ヴーン・ヴーン・ヴーン」と振動するのは、吃驚してしまいます。慌ててストラップを引っ張り上げて電話にでるわけです。

 そんな使い方をして、じゃオマエは日常携帯電話を何に使っているの?という疑問が生じる向きもあろうかと存じます。
 いつもは、携帯電話を、「電話機」としては使っていません。i-mode端末として、競馬情報収集と、「ぼく馬ニュース」というメール配信サービスによる、小職が出資している競走馬の状況メールの受信に使っているのです。

 もうちょっと、電話機として使いたいなぁ。勿論プライヴェートで、であります。

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クレジットカード

 こんばんは、チェスです。

 少し値の張る買い物をする時など、非常に重宝なのがクレジットカードです。別にカード会社の回し者ではありませんが、お財布にあまりたくさんの現金を入れて持ち歩くというのは正直危険なことだ、という世の中になってきましたので、通常は小職のお財布には、多くて2、3万円、平均すれば2万円を少し切る程度のキャッシュしか入れていません。
 通常はせいぜいお昼ご飯を食べるためと、本や雑誌を買う時(そういえば最近はあまりCDというものを買わない)くらいで、あとはプールのプリペイドカードの購入時くらいか。
 数万円というオーダーの買い物、例えば洋服を買う(10万円を越えるお値段の洋服は買ったことがない)といった場合には、カードで支払うことにしています。それ以上のお値段の買い物はなかなか無いですが、あれば当然カードですね。
 カード払いがありがたいのは、多額のキャッシュを持ち歩かずに済むことですね。クレジットとは文字通り、そのカードの持ち主の信用ですので、当人を信用して相当の買い物でも、キャッシュレスで大丈夫なわけですね。

 勿論、心配もあります。

 万が一、有効なカードをどこかに落としたり、紛失してしまい、拾った人が運悪く悪党だった場合には、ヘタをすると莫大な損害を被るおそれがあります。カードの表面には、持ち主の名前がローマ字で打ち込んであり、裏面には持ち主が自分の名前を自署せよ、ということになっています。が、そうするとカードを拾ったのが悪党だった場合、裏面を見て、そのままサインすればいいわけですから、使い放題です。

 最近のパソコンには、使用者を確認するために指紋を登録しておき、それによって起動させるものもあるそうです。
 こうしたセキュリティーが、クレジットカードにも応用されるといいのではないかと思います。
 普段のクレジットカードは、何の変哲もないカードですが、カードで買い物をしようとする場面になったら、持ち主はカードの指定箇所に自分の登録してある指を押し付け、それによって本人確認がなされてカードが活性化して、使用可能になる、という具合です。カード使用時のサインよりは、ずっと安全性は高まりますよね。
 ICカードがコスト的に安くなれば、こんなのも実用的になるのではないかと思うのですがね。

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天下統一 その2

 こんばんは、チェスです。

 歴史題材としては、我が日本が近代国家に生まれ変わる明治維新とともに、非常に人気の高い戦国時代を扱っているだけに、ファンも多いと思うのですが、ゲームの知名度としては残念ながら「信長の野望」に遅れをとってしまった「天下統一」
 前回に引き続き、その魅力に迫ります。

 地方において大きな力を蓄えるに至った戦国大名といわれる存在には、西から九州の島津家、龍造寺家、大友家、四国の長宗我部家、中国の毛利家、尼子家、近畿の三好家、もう面倒になったので名前だけ列挙しますが、朝倉家、斎藤家、今川家、武田家、上杉家、北条家、佐竹家、伊達家といった面々がありました。こうした戦国大名の当主と、織田信長を比較してみますと、人物だけを見れば勝るとも劣らぬ凄腕で魅力的な当主がたくさんおり、治めていた国の軍事力も織田家を上回る力を持っていた大名はめずらしくなかったのです。

 なのに、どうして織田信長が天下統一の一番手となることができたのか。

 やはり大きくは、当時の日本の首府ともいうべき京に比較的近かった、という地理的アドヴァンテージがあったことでしょう。
 今も昔も、戦争というのは巨額のお金がかかるものです。何千人という兵隊を移動させるのには、大変な経費負担を必要とするでしょう。その意味で、信長が、まず尾張に侵攻してきた今川を破ると、東側の抑えとして松平と同盟し(おかげで若き家康は武田にえらい目にあわされている)、京へのルートを確保するべく岐阜方面に攻め込み、本拠を西へ移動させつつ今度は北への抑えとして浅井と同盟する(後に浅井は、織田を裏切り朝倉についた)など、とにかく地理的優位性を目いっぱい活かした戦略を取っています。

 実際にこのゲームで、織田家を人間が担当した場合も、信長と同様の戦略を取ることで、いち早く地歩を固めることができますが、意外なことにコンピュータが織田家を担当しますと、案外脆く滅亡してしまったりします。これは、我々が信長の戦略を教科書として使えるのに対して、コンピュータの方はそうした学習ができないことが大きいと思います。織田家が大きくなる前に、今川か武田に飲み込まれてしまう例が多いのですね。

 以上のことから考えると、このゲームでの勝利条件、簡単に言ってしまえば日本統一なのですが、これを行なうためには織田家を選択する必然性はあまりありません。
 いえ、「風林火山の幟を京の都に立てる」とか、「毛利元就の時代になんとしても彼の手で西日本統一」といった、思い入れでも十分に楽しめるところが、このゲームが素晴らしいところだと思います。

 シナリオが3本ついてくるのですが、最も基本的なシナリオですと、例えば登場がずーっと遅れてしまう伊達政宗などは活躍の機会がほとんどない、とか、三好は暫くすると当主をはじめ有力家臣が次々と死んでしまう、といった「時間的制約によってどうにもならないこと」もあるのですが、それを除けば、上記にピックアップした大名家の面々は、人間が担当さえすれば日本統一=天下統一はいずれもチャンスがあります。小職の場合には、やはり東京の人間ですから関東の大名に天下を取らせてやりたくて、北条家(鎌倉幕府の北条とは関係ない「後北条」)で何遍もプレイしました。

 システム的にも良く練られていて、面白いゲームなのですが、不満があるとすれば、苦労の初盤戦、緊張の中盤戦を戦い抜き、勢力を大きく広げて戦国大名~あともう少しで「覇者」のレヴェルになってしまうと、あとは「掃討戦」という感じになってダレてしまうということでしょうか。コンピュータが担当する他の大名家で、人間担当の大名家に対抗し得るほど大きくなっているところがなくなってしまうのが、原因です。
 最近のヴァージョンでは、この欠点を無くすために「関が原システム」というのが導入されたとのことです。
 これは、人間担当の大名が大きくなるにつれて、これに対抗しうる勢力をまとめていき、最終的には「天下分け目の関が原」が発生するようなルーティンにするというものです。この方式であれば、最後まで緊張感を持って進めることができますね。

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天下統一

 こんばんは、チェスです。

 以前、お気に入りのゲームソフトで「ぼくは航空管制官」をご紹介したと思います。あれはゲームの題材としての「航空管制」の世界というのに興味があったということもありますが、「2」になってからの3Dシステムのグラフィックが美しく(それがためにパソコンのハードウェアに対して、快適動作のためのハードルが高くなってしまいましたが)空港を離着陸する航空機を眺めているだけでも楽しい、という方向性のゲームでした。
 これと正反対に、グラフィック機能などというものは8ビットマシンと変わらない様なプアーなものしかないけれども、内容的には極めて硬派な、一部熱烈な支持者がいるゲームを今回ご紹介します。

 システムソフトという福岡に本社のあるソフト会社の開発になる「天下統一」シリーズです。

 最初のヴァージョンは、PC-9801系統のためのゲームでした。Windowsがまだ日の目を見ておらず、MS-DOSで動くソフトでした。Ⅱになっても状況は変わりませんでしたが、環境がWindowsにシフトしてきたため、このⅡはWindowsに移植され、以後のシリーズはWindows対応です。
 チェスが大いにはまったのは、この「天下統一Ⅱ」と、Windowsになっても引き続き遊びたいために買った「天下統一 for Win」です。(両者の中身はほとんど同じ)
 ですので、この後に発売された「Ⅲ」や、現在発売されている「Ⅳ」とはゲームの様子が異なることをお断りしておきます。
 現在システムソフトはパッケージソフトの開発販売からは撤退してしまい、「Ⅳ」は、「大戦略」などと同じく、システムソフトのパッケージソフト事業を受け継いだ「システムソフト・アルファー」が開発発売しています。

 さて、この天下統一です。

 時代背景は、足利将軍の室町幕府がすっかり力を失い、戦国の混乱が未だ続く室町時代末期~戦国の群雄が日本の統一を目指して各地で名乗りを上げた戦国時代です。
 日本各地には、朝廷から各地の行政職としての「守護」を任命され、そのまま勢力を保っている「守護大名」がいれば、家来がクーデターを起こして主人を倒し(下克上)勢力を広げた国人、豪族がいます。更にはこうした地方勢力を武力で併合して大きくなった「戦国大名」がおり、当時の日本国は、まさに群雄割拠、中央政府の存在(幕府)は名前だけでした。
 歴史においては、尾張に登場した織田信長、彼の事業を承継した豊臣秀吉、信長とは同盟関係にあった三河の徳川家康の3名が、戦国の日本を統一し、最終的には徳川政権が誕生して、以後400年続く江戸幕府の時代を築くわけです。
 結果的には最初の道筋をつけた織田信長をヒーローと位置付けた、同じ様な戦国シミュレーションゲーム「信長の野望」が「光栄」から出ていまして、これはこれで大ヒットしましたが、天下統一シリーズは、歴史の見方が少し異なり、歴史の改変に挑むという色が濃くなっています。(続く)

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アルカリイオン水

 こんばんは、チェスです。

 近所のスーパーで、先月から「アルカリイオン水」の機械が設置され、500円を払えば利用会員になることができ、専用のペットボトルを使って後は何度汲みに来ても只、というサーヴィスが始まりました。

 水道水そのままであると、消毒のための塩素で水が美味しくない、とか、たしか小職が学生の時に言われたので、かれこれ20年前ですが、この塩素のために、発ガン性物質の一つである「トリハロメタン」が水道水に発生しているという話があるために、風呂や洗濯ならいざ知らず、飲用や料理に水道水をそのまま使うのは如何な物か、と多くの方が考えるようになりました。
 そのため、水道の蛇口に取りつける簡便なタイプの浄水機とか、もうちょっと本格的な配管の途中に設置するタイプとか、これも色々な浄水機が売れるようになりました。
 トリハロメタンの対策に関して言えば、水道水をそのまま使うのではなくて、薬缶に水を入れて加熱し、沸騰したら蓋を開け、3分以上沸騰状態を続けると、かなりの割合のトリハロメタンが蒸発してしまう、ということも言われましたが、実際問題として、3分以上も沸騰させるなんてことはガス代を考えてもなかなか実行しかねる作業です。(ケチンボだし)
 
 各種の浄水機にしたところで、定期的にフィルターを交換するなどのメンテナンスが必要なので経費がかかる、という訳で、チェス家では導入は見送られておりました。

 そこへ持って来て、このサーヴィスの開始です。最初の500円さえ払えば、後は経費はかからず、誠に結構なシステムです。
 一応無制限に持っていかれるとスーパーとしても困るので、「1日3回まで」ということになっていますが、1回ボトル一杯に詰めていけば、その日はポットのお湯やお米を炊く分には十分ということで、チェス家では不便ありません。

 ところで、チェスは一応化学科を卒業した人間として、この機械が水にいかなる処理を施しているのかが気になるところです。
 アルカリイオン、といいますが、アルカリイオンなんて一杯あります。アルカリ性を示すイオンの代表は、やはりOH-イオンでしょうけど、強烈なアルカリ溶液なんか飲んだら、えらいことになってしまいます。
 たぶん、鉄、亜鉛、鉛などの金属陰イオンを含むのでミネラル分(といってもいいのか)があり、弱アルカリ性で体内のpHに近いから健康に良いですよ、みたいなうたい文句の機械を作ったのではないでしょうかねぇ。
 だとすると、いかほど効果があるかと思いますが、少なくとも水道水そのままよりはいいかも、という程度に思っていた方がいいですね。過大な期待は禁物でありましょう。

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メガネ

 こんばんは、チェスです。

 プロフィール写真をご覧いただいてもお分かりの通り、小職は近視でありまして、メガネは手放せません。中学1年の時に近視がひどくなり、その時にメガネを作り、以後ずーっとお世話になりっぱなしです。
 世の中にはコンタクトレンズとか、あまつさえ使い捨てコンタクトなどというものもあるそうですが、メガネの使用を止めたいという動機がありませんので、コンタクトレンズの使用を積極的に検討したことはありません。
 メガネを使っていて不便なことは色々あります。「コースロープ」ネタになりますが、プールに泳ぎに行くと、メガネを置くところが分かっていればそこまでかけていけますが、メガネを取ってしまえばハイそれまで。少し離れた人のお顔もわかりませんし、タイムを計測するあの大きな時計も読めません。
 冬は、結露でレンズが曇るということも多いですね。満員電車に乗り込むと、気温差であっという間に目の前が真っ白です。これはプラスチックレンズに変えましたら、多少はマシになりました。
 遥かな昔であり、もうたぶん大丈夫だろうとは思いますが、中学生~高校生の時、格技という授業があり、剣道をやりました。
 防具をかぶる時、メガネをかけることはできないので、メガネを外して防具をかぶったと記憶していますが、足元怪しくもうヨロヨロでした。もっとも近視でなくても、剣道の授業でも、チェスが相手に勝てるということはないだろうと思います。
 これだけ間抜けなことはさすがに年に1回あるかどうかですが、朝メガネをかけたままで顔を洗ってしまったことがあります。レンズに水があたった瞬間のバツの悪いことと言ったら・・・。黙っていれば知っているのは自分だけですから、特に恥ずかしいことはありませんが。

 メガネを掛けていて、得をした、ということも多少はあります。
 やはり冬、風の強い日に、埃が目に入りにくいです。
 大学が化学科でしたので、色々な薬品を使って実験をしましたが、保護メガネを掛ける必要がありませんでした。
 これと同じですが、歯磨きをしていた母親が、「チューブ入り歯磨きが飛んで目に入ったら、すごく沁みた」と言っていましたが、この心配もあまりありません。

 ただ、5年前の手術(「下垂体腫瘍」(2004.4.8~)ご参照のこと)で、鼻の根本のあたりの骨を外しているために、元々低い鼻が益々低くなってしまい、メガネがズリ落ちやすくなってしまいました。これは何とも情けない。特に夏はね。

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人身事故

 こんばんは、チェスです。

 本日は、早い時間に会社から帰ることができましたので、心なしか足取り軽く、京浜東北線に乗るべく王子駅に向かって歩いておりました。ところが、駅に着きますと、何やら緊急車両の集まりで、赤色灯がたくさん回っています。
 改札口の頭上あたりに取りつけられている、文字が流れてくる自動情報表示板を見てみると、「京浜東北線 王子駅で発生した人身事故のため、現在京浜東北線は運転を見合わせて・・」なるほど、そういうことか、と思って暫し立ち止まっていると、プラットフォームから何人もの警察官やら救急隊の方々が降りてきて、救急隊は担架を持っています。改札から外にだすのに、ビニールシートを張り巡らして視線を遮っています。

 電車が動き出すのには、もう少し時間がかかりそうではあります。地下鉄で帰るテもありますが、古本屋に行って少し時間をつぶすことにしました。
 「赤かぶ検事奮戦記」などを立ち読みして(立ち読みOKなのが、古本屋の嬉しいところ)駅に戻ると、丁度プラットフォームには南行電車が入ってきたところ。乗り込んで帰宅の途に着きました。

 それにしても、「人身事故のため、運転を見合わせ中」「人身事故のため、電車は大幅に遅れています」「人身事故のため、ダイヤが乱れています」という駅のアナウンスが多いこと。

 「人身事故」とは言われていますが、もう皆さんご存知の通り、言葉通りの事故はほんの僅かで、大部分は「飛び込み自殺」なのでありますね。

 不況が原因での経済的自殺が多いのだと思いますが、そうは言っても、死ななくてはならない程の状況というのは、実際はそれほどないのではないかと思います。無論一時的には相当の社会的責任を負わされましょうが、実はなんとかなるのではないでしょうか。いや、「なんとかなる」というのも無責任な話ですが、裸一貫、無一文になって、そればかりか莫大な借金が残って、という状態であったとしても、死ななければならないということはないはず。
 自殺に追いやるのは、そうした経済的な原因が主因ではなくて、そうした問題が精神的に追い詰める、つまり精神的な病になってしまうのが主因なのではないかと思います。

 精神科、心療内科という、心の病気に立ち向かう手助けをしてくれるお医者様が、世の中にいます。人身事故の度に、「このままどんどん人が死ねば、日本はどうなる?」と思いますが、小職ではどうにもなりません。「電車に飛び込まずに、迷惑のかからない方法で死んでくれ」と薄情にも考えたことも、正直ありますが、やはりこの頻度はヤバイのではないかと考える次第です。健康ブームでありますが、心の健康ということも大切ですね。

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ポトス

 こんばんは、チェスです。

 観葉植物が好きで、チェス犬が健在であった寒い時期、近所をチェス犬と散歩していましたら、植木鉢ごと「ポトス」がゴミ集積所に置かれていました。不燃ゴミとして出したにしても、随分と無神経な出し方だなぁ、と眺めていましたが、そう言えば、その時ポトスがちょいと欲しかったので、3、4枚の葉が付いている蔓を千切っていただいてきました。
 そんな季節だったにも拘わらず、水に差しておいたポトスの蔓からは根が伸びてきたので、適当な鉢に植え付け、ヘゴの柱を立てて縛っていきました。このポトスは生命力が旺盛で、現在3つの鉢に分けましたが、簡単に増えてくれます。
 これは緑が濃く、白いマーブル模様の入った園芸種でしたが、ポトスには他にも種類があります。
 葉の色が薄い緑の「ライム」という品種で、これはこれでなかなか綺麗な葉の色です。
potos0406.jpg

 毎年お正月の卵焼きを買いに行くお店が、王子にあるのですが、そのお店の店先に、この「ライム」の大きな鉢がありました。思わず見惚れていると、女将さんが「少し持って行かれますか?」と言って下さったので、一と蔓もらって帰りました。このライムも同じように水に差しておき、植え付けをしましたが、ライムの方は前のポトスに比べると、生命力が少し落ちる感じです。

 ライムの葉は綺麗ではあるのですが、少し儚げで、弱そうに思えます。緑色は植物の葉緑素の色だと思いますが、ライムの場合には葉緑素の割合が少ないのではないでしょうか。実際問題、普通のポトスに比べると、ライムの方は勢い良く増えるという感じではないのです。
 もう一と鉢、ライムを増やしたいところなんですがね。

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1万アクセス突破

 こんばんは、チェスです。

 小職のココログ「タネがいっぱい!」のアクセス数を何気なく見てみたら、昨日の時点で10,000アクセスを突破していたことが判明しました。記事の数の方も100を超えました。
 皆様に読んでいただき、あれこれとコメントやトラックバックをいただくことが、何よりの励ましになっています。

 一つの区切りを超えたので、ほんの少しですが、「タネがいっぱい!」の看板を変えましたが、お分かりになったでしょうか。
 デザインをほんの少しいじったのと、サブタイトル「人生勉強のタネは尽きないものですなぁ」のコロンボ警部に一度引退してもらい、シャーロック・ホームズの台詞に変えました。活動的で、やる気充分のホームズの様子が目に浮かぶような台詞だと思うのですが、如何でしょうか。

 シャーロック・ホームズと言えば、ドイルの原作と、著名な日本語訳がたくさん出ているのですが、今は映像の世界ですので、今欲しいのはイギリスBBCの制作で、NHKでも放送された「シャーロック・ホームズの冒険」のDVDですね。BBCは19世紀のロンドンを、本当に良く描いていますし、ホームズを演じたジェレミー・ブレッドさん、日本語吹き替えをした露口茂さん、どちらも良い感じです。ワトスン先生もイメージピタリで、多くのシャーロッキアンの支持を集めているのではないでしょうか。
 いやまぁ、シャーロッキアンとしてはやはり色々ケチをつけたくもなるかもしれませんけれども。

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Aが抜ける

 こんばんは、チェスです。

 みなさんは、日本語入力はどのようにやっていますか?
 かつてパソコンの黎明期には、ワープロ専用機の影響もあってか、結構「カナ入力」の方がいらっしゃいました。中年以上の方ほど、「カナ入力の割合」が高かったと思います。

 少し特殊な入力方法として、一世を風靡したワープロ専用機「OASYS」による「親指シフト入力」というのがありました。人によっては、これが日本語入力としては最も効率的で速い、と、一部で極めて高い評価を受けていて、ですから未だにこの方式のキーボードが売られているようです。

 ですが、まぁ最も一般的なのは、やはり「ローマ字入力」方式でしょうね。実はチェスも、ローマ字入力方式です。
 この方式の良い点は、基本的に入力に使うのはアルファベット26文字だけなので、一般的なキーボードの手前3列しか使わない、という点でありましょう。大抵のキーボードには、FとJのキーに小さな印があり、ここに両手それぞれの人差し指をおき、以下中指、薬指、小指を同じ列に置いておくのを「ホームポジション」と申します。GとHを両手の人差し指で挟む形になる訳です。ローマ字入力で日本語を打つ時に、常にこのスタイルにおいておけば、やがてキーボードを見なくても入力ができる、所謂「ブラインドタッチ」ができるようになります。小職も、少し我流で不完全ながら、ブラインドタッチでうつことができます。

 ところが、このローマ時入力方式には、意外な欠点がありました。日本語の重要な母音「A」に、左手の小指というあまり力の入りが良くない指が割り当てられているのです。「あ」を打つときにはさすがに抜けると気が付きますが、あ段の文字、か、さ、た、な、は、ま、や、ら、わ、以上は常に「A」が必要ですが、こいつがしばしば抜けてしまい、タッチミスをしてしまいます。同じ小指でも、右手の小指の配置には、セミコロンが来ていますので、日本語にはさしあたり必要がないですから、右手の小指は気が楽ですね。

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乗り換え案内サイト

 こんにちは、チェスです。

 日曜日、新習志野駅に行きました。どうしてそんなところへ行ったのか、という理由と内容については「コースロープはいらない!」に書きましたので、そちらをご参照下さい。
 本欄では、その、新習志野駅に行くまでのルートのことを書きます。

 新習志野というのは、京葉線の駅です。
 東京方面からの電車に乗ると、新習志野の次が「海浜幕張」という駅で、「幕張メッセ」という非常に大きなコンヴェンショナルホールがあるため、この駅には時々降りたことがありました。メッセでは東京モーターショーをはじめ、各種の展示会などが開催されますから。
 で、そんなイメージから、その一つ手前の駅であるから、海浜幕張にいくのと同じ様なルートを考えていました。
 即ち、秋葉原乗り換えで東京に出て、京葉線で新習志野まで。

 どのくらい時間がかかるかな、と思って、何時も重宝している乗り換え案内サイト「駅前探検倶楽部」で時間を検索してみました。
 すると、あにはからんや、総武線で西船橋まで行き、武蔵野線で南船橋に出て、京葉線に乗り換えて一駅、新習志野に行くルートが最短時間であると表示されました。
 ほほぅ、そうであったのか。
 考えてみると、東京駅の京葉線のプラットフォームは、随分と有楽町寄りにあり、乗り換えのために「動く歩道」までが設置されている遠方です。山手線外回りで東京駅に行ったとして、京葉線との連絡が2分であった場合には、物理的にこれは乗り換え不可能です。
 一方西船橋の乗り換えは、立体交差であるため、階段を2回上がる手間はありますが、2分あれば普通の人なら充分に乗換えが可能です。南船橋に至っては降りたフォームで乗り換えができます。
 全体の時間を考慮すれば、確かにこのルートが早いのがわかります。

 「駅探おそるべし」です。
 首都圏の乗り換えルートというのは、地上地下コキ混ぜて、それこそ何十通りと考えられるわけですが、乗車駅、降車駅、出発か到着の日付時間を入れて検索させると、最短ルートを瞬時に提示してくれる、全くありがたいサイトです。
 駅探の他にも、この様な案内ソフトはありますが、駅探は「無料」というのが良いところで、これのおかげで「到着予定時刻」が容易に読めるようになりました。

 こんなのを駅探で検索しても仕方ありませんが、「浅草橋」から「静内」(北海道の日高本線の駅)を入れてみたところ、航空機の便名まで指定して結果を出してきました。恐れ入りました。

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地図

 こんばんは、チェスです。

 チェスのパソコンデスクの右横には、布団箪笥とでも言うべき家具が置いてありまして、側面が結構広いものですから、以前100円ショップで買ったポスターサイズの日本地図を貼っています。
 いったいに小職は地図というものが好きでして、ロードマップの様な地図帳、学校の地理の授業で使うような世界地図、みんな好きですね。ただ、一枚ものの地図ですと、日本地図くらいは良いのですが、世界全図となると、地球は球体(厳密には球ではないのだそうですが、近似的に球体といって差し支えないでしょう)ですから、表現に色々無理が生じてきます。様々な図法が考案されてはいるものの、いずれも一長一短あり、結局のところ世界地図よりは地球儀の方が実用的である、ということになりましょうか。
 もっとも、アメリカ合衆国の大統領くらいになれば、大きな地球儀を前にして思索に耽るというのも絵になりますが、一介の会社員が地球儀を前にして、なにやら楽しんでいても、世界制服を企む精神異常者に見られるのがオチでありましょう。

 実はチェスはパスポートというものを持っておりませんで、つまり外国へ行った事がありません。飛行機に乗るのが嫌いと前に書いたことがありますが、どうしてもヨーロッパに出張しろ、と言われたら、日本海を船で渡ってロシアに行き、そこからシベリア鉄道でモスコー経由でヨーロッパに行こうかとさえ考えるくらいです。そんなヒマな会社員は世の中にいないでしょうから、クビになってしまいますが。
 ですので、世界各地の地図を眺めるのも、それはそれで楽しいのですが、何せ遠い世界のことですから、イマイチ楽しさが増幅されません。

 そこへ行きますと、日本地図は行った事のある地域なら風景を思い浮かべることも可能ですし、眺める熱心さが違います。北海道が好きなので(と言って夏~秋にしか行きませんが)新千歳空港から南に出て、海岸線を日高へと向かうルートは何回も通っていて頭に入っているはずなのに、地図を見るのが楽しいですね。
 チェスの愛車には、今時ナビがついていないのですが、地図大好きのチェスは、ナビの地図に見入ってしまい、危険かもしれませんね。

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エスカレーター

 こんばんは、チェスです。

 ここ10年程で、東京のJR東日本の駅には、随分とエスカレーターが設置されました。お年寄り、足を悪くしてしまった方などにとっては、非常に助かるものと思います。
 ここ数年設置された新しい機械では、車椅子を載せて昇降できる機能がついており、優れもののエスカレーターであります。少しずつではありますが、「バリアフリー」という考え方が広まってきたということでしょう。
 エスカレーターに乗りますと、ま、だいだい大人2人が並んで乗る事ができる幅の奴がほとんどですが、左側に一列に乗って静止し、右側は急いで上り下りする人のために空けておく、という乗り方になっています。概ねどの駅にいっても変わりません。ところが、大阪ではこれが逆になるそうです。
 東京と大阪で、乗り方ルールが変更されるくらいですので、こいつは大したルールとは言えないでしょう。ルール=規則ということからすると、ルールとは言えなくて、マナーというべきものなのかもしれません。
「急いでいる人のために空けておく」というのも、一見もっともらしいですが、安全上はエスカレーターを走り上ったり下りたりするのは、如何なものでしょう。安全管理上危険ではあると思います。
 本当に急いでいるなら、動いているエスカレーターを上り下りするのではなくて、階段を使うべきなのではないかと思います。階段が無ければ仕方ありませんが、1ステップの高いエスカレーターを急ぎ足で上り下りするのは、やはり危ないでしょうね。とは言え、実はチェスも上っています。すいません。

 エスカレーターは、元々登録商標でありました。が、現在では普通名称化してしまっていますね。こうなってしまうと、登録要件を失ってしまいます。知的財産部としては失格です。このテの「普通名称化してしまった登録商標」には、セロテープ、ホーバークラフトなどがそうです。経緯は少し違いますが、プラモデルも元は登録商標でした。
 その分野で圧倒的なシェアを持っていると、その商品の商標はこうなる恐れがありますが、味の素などはこの危険性が多いにあるわけです。が、この会社の知的財産部は非常に頑張り、「味の素は当社の登録商標である」と機会あるごとに表明し続けました。その甲斐あって、テレビの料理番組で味の素が使われる時は、必ず「うまみ調味料」という表現が使われていますね。登録商標を会社の知的財産として維持管理するのも、大変だということです。

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カラスの曜日概念

 こんばんは、チェスです。

 東京に限らず、日本の大都市、いや、ひょっとすると世界中で似たような悩みがあるのかもしれませんが、カラスというのは繁殖力が強いというのか、相当の数に増えていて、地方行政の担当者の頭を悩ませているようです。
 特定の日の朝になりますと、いったいどこからやってきたのか、と思うほどカラスが街中にうろついています。
 勿論、目的も無くうろついている訳ではなく、「可燃ゴミ」の収集日を狙ってやってくるのです。

 現在、チェスが住んでいる台東区の場合には、1週間のうち、可燃ゴミの収集日が2日、不燃ゴミの収集日が1日、資源ゴミ(古新聞、古雑誌、段ボールなど)の収集日が1日という振り分けになっています。
 資源ゴミはともかくとして、可燃ゴミと不燃ゴミの見分けというのは、ちょっと見には分かり難いです。
 東京都指定のゴミ袋ならともかく、スーパーやコンビニなどでくれる買い物袋では、内容物は判別つきません。
 もしカラスが視覚的に判断して、「人間がゴミを出したから、食べ物をあさってやろう」と来るのであれば、不燃ゴミの収集日でも来そうなものですが、見事に可燃ゴミの収集日しか出かけてきません。

 台東区ではあまり見かけませんが、よりカラス被害がひどいのでしょうか。勤務先の北区の王子界隈では、ゴミ集積所にカラスよけの青いネットが掛けられています。これは、可燃ゴミでも不燃ゴミでも、同様に掛けられています。
 小職がカラスだったとして、上空から見る限りにおいては、ゴミ出し→青いネット、は不燃ゴミでも同じ様に見える筈で、ですからカラスは視覚的にゴミ出しを確認して来るのではないようです。
 可燃ゴミが出される曜日を認識していて、火曜日と金曜日は必ず出勤、と覚えているのでしょうか。
 さすがに、カラスに「曜日の概念」はいらないので、2日と3日おきにこの地域に出かければ、食べ物をあさることができる、というように時間の経過として学習しているのかと思います。
 そうであれば、本来可燃ゴミの収集日である火曜日に不燃ゴミを出して、カラスをまんまとひっかけ、本来不燃ゴミの収集日である水曜日に可燃ゴミを出せば、カラスに気づかれることはない、ということになります。そんな実験をおこなうのはかなり大変で、鳥類研究者限りではとてもできそうもありませんが、やったことがある研究者はいないですかねぇ。

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床屋

 こんばんは、チェスです。

 理容店、理髪店、とも言いますが(このどちらかが正式なのか?)なんといっても通称「床屋」についての考察です。

 確か、お相撲さんの髷を結う専門職のことを「床山」さんというそうですが、そこから転じて理容師のいるお店のことを床屋さんというようになったのでしょうかね。いや、特に調べないでいい加減を書いているので、信用しないで下さいね。
 この床屋さんの定休日は大抵月曜日。普通ウィークディが忙しいビジネスマンなどは、日曜日に床屋さんに出掛けますので、日曜日をお休みにはできないのであります。日曜日の床屋さんは、混んでいます。
 順番を待つ間、少しくたびれてきた数客の椅子の一つに座って、備えてある週刊誌か新聞などを読む。行きつけの床屋さんを選ぶ理由の一つに、この「待っている時間の読み物の豊富さ」を是非上げたいところです。
 「ゴルゴ13」が本棚にずらっと並んでいる床屋さんなど、なかなか好ましいですね。今でしたら「釣りバカ日誌」でしょうか。昔子供の頃には「サザエさん」が並んでいた床屋さんに行ったものでした。
 順番を待つというよりは、ゆったりとマンガを楽しむ時間。やがて「お待たせしました~」と呼ばれるのが、寧ろ残念な感じ。
 床屋の主人は、何故か「マスター」などと呼ばれることが多いですな。「マスター」はドイツ語の「マイスター」から来ているのでしょうか。「親方」って感じですよね。

 ところが、旧来の古本屋が「ブックオフ」に押されている様に、床屋の世界にも改革の波が押し寄せてきました。

 ご存知「QBハウス」です。

 何しろ、従来の床屋さんの利用料金の1/3以下となる、1,000円ちょっきり(税込み)。その代わり、顔剃りなし、シャンプーなし、首筋マッサージ勿論なし、カットのみ。
 秋葉原デパート(というのはもう公式にはないそうですが)の改札口を出たところに、このQBのお店がオープンしましたので、会社帰りに時々寄っています。何しろ安いですから。
 お店は、大変合理的、かつシンプルです。
 普通、床屋さんに行ってお客が座る椅子、あれは大変高価なものだそうです。高さ、背もたれの角度が無段階・電動で調節できる、アレです。
 QBのは、肘置きが跳ね上がるだけで、後は至ってシンプルな椅子。大量注文すれば、ひょっとすると1,000円位で仕入れているんではないの?首に巻くネクタイ(とは言わないの?)は紙製、最後にスタイルを整える櫛も使い捨てで、お客が希望すればくれる。スタッフは何しろたくさんのお客さんをこなしているから、みんな腕利き揃い。
 勿論、襟の部分やもみ上げなどは鋏では処理できないですので、高機能のバリカンを入れてくれます。

 お店のスタッフの教育は行き届いていて、まるでファーストフード店に入ったかの様です。

 こういうのが、ニュービジネスというのでしょうねぇ。お見事、というより他ありません。何せ流行っています。

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名刺

 こんばんは、チェスです。

 学生だった身分を卒業して、就職するためにどこか会社に入社しますと、会社で名刺というものを作って支給してくれます。初めて自分の名刺を見たときは、「これからは社会人として責任重大だ」と新鮮な緊張を覚えたと思います。(遠い目)
 1枚も使っていない、箱にぎっしりと詰まった名刺。これが減っていく頃、反比例して自分のキャリアが増えていることでしょう。営業職であれば、これをいかに上手に使えるかが敏腕営業マンのひとつの指標となるでしょう。
 ただ、飛び込みセールスの様な営業されている方の場合、貰う方の意識としては、これはもう「紙くず同然」というに等しい軽い扱いを受けているものと覚悟され、同じお客様に2度、3度とお渡しするという使い方がいるでしょうね。

 ところで、小職は自分の仕事柄、特許庁の審査官と面接審査などでお会いすることが多いです。特許庁というお役所は、現在のところ経済産業省の外局という位置付けですので、当然のことながら特許庁の審査官は、国家公務員です。
 で、この審査官にお会いした時に伺ったのですが、国家公務員の場合には名刺は支給されず、自分の費用で作らないといけないのだそうです。国民の公僕たる国家公務員であるから、税金を使って個人の名刺を作ってはならぬ、という人事院通達でもあるのでしょうか。あるいは国家公務員法かなにかに規定されているのでしょうか。(地方公務員の場合は、存じ上げません。)
 いずれにしても、仕事における儀礼的存在とも言う事ができる名刺を、個人の費用で作らなくてはならぬ、というのはおかしな話だと思います。だって、審査官からいただく名刺には、特許庁の第○部門の審査官で、そこの電話やファクシミリ番号が書いてあり、決してその審査官のご自宅の住所などが書いてあるわけではないのですから。名刺くらい、税金を使って作ってあげても、「税金の無駄使いをするな」という批判はされないでしょう。

 個人の名刺、という話がでてきましたが、最近うるさく言われるようになった、個人情報の管理問題からか、個人の自宅住所、電話番号、最近ではメールアドレス等を記載した個人用名刺は、あまり見なくなりました。実は小職も、かつて会社出入りの印刷屋に頼んで、個人用名刺を作って持っていたのですが、1箱使ったところで追加して作ることを止め、今は持っていません。

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「待つ」ということ-2004.6.14

 こんばんは、チェスです。

 小学生の頃だったと思いますが、
「大人になると、1年が経つのが早く感じるようになる。」
と言われたことがあります。誰に言われたかは覚えていませんし、複数の人から言われた様にも思います。
 1年は誰にとっても1年であり、早くなったり遅くなったりするのはおかしい、と思いました。特殊相対性理論、などというものを持ち出すことはしませんでしたが。
 ところが、いざ自分が、いい年齢になってみると、確かに1年の経過が早く感じる様になります。

 これはまぁ、良く考えれば当たり前のことのようです。

 私の寿命を、仮に70年としましょう。小学2年生になった時点では満7歳ですから、7/70で、全体の1/10しか経過していません。寿命の消費の経験が1/10なのですから、まだまだ先の方がずっと長くて、1年も長く感じることでしょう。
 しかし、来月チェスは満42歳になってしまいます。42/70で、全体の6割を消費してしまい、残りは4割ほどです。消費経験がこれだけ長く、最早寿命は半分残っていないとなれば、早く感じるのは無理もありません。

 これは、年齢とともに「待つ」ということが少なくなったのと、深い関係があるのではないでしょうか。
 「待つ」というのは、結局「時間の経過が早くなれ」と願う心の持ち様だと思います。無為の時間の経過と言い換えてもいいでしょう。小学生のあたりでは「お祭りを待つ」「夏休みを待つ」「家族旅行に行く日を待つ」「クリスマスを待つ」「お正月を待つ」といった具合に、長いスパンで待つことをやっていたように思います。
 ところが今では、そんな悠長な心持ちはありません。寧ろ逆で、「しまった、もうこんな時間か」「期限は明後日までか」という様に、時間に追われるという状況です。「時間が足りない」という奴ですね。

 この際、チェスは「待つ」というゆとりを取り戻してはどうかと考えています。簡単に言えば、無為な時間の経過を楽しむ、という感じでしょうか。カレル・チャペックの「園芸家12ヶ月」という本の締めくくりは中々に味わい深いですよ。元の文章が洒脱なのでしょうね。翻訳も大変だったと思います。

「われわれ園芸家は未来に生きているのだ。バラが咲くと、来年はもっときれいに咲くだろうと考える。10年たったら、この小さな唐檜が一本の木になるだろう、と。早くこの10年がたってくれたら!50年後にはこのシラカンバがどんなになるか、見たい。本物、いちばん肝心のものは、わたしたちの未来にある。新しい年を迎えるごとに高さとうつくしさが増していく。ありがたいことに、わたしたちはまた1年齢を取る。」(小松太郎 訳)

 この本はかなり昔に翻訳されていますが、未だ中公文庫で読めると思います。少し前に紹介させていただいた、紀行作家の宮脇俊三さんも、作品の最後に同じ部分を引用されていました。

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アフェンドラ

 こんばんは、チェスです。

 観葉植物が好きで、緑色が好きなのですが、やはり花が咲くと嬉しいので、花も楽しめる観葉植物は2度楽しめるということで大変お徳です。

 このアフェンドラは、一昨年に花屋で売れ残っていたために特価になっていたのを買ってきて、育てていたものです。
 昨年は残念ながら花を咲かせることはできませんでしが、今年は見事に咲いてくれました。

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 ちょっと見には、黄色くピラミッド状に出てきたのが花の様に見えますが、これは実は苞で、この脇から小さく出てきているのが花です。デジカメのイメージではちょっと見難いかもしれませんね。
 葉に白い葉脈が走っていて、美しいこの品種はダニアと呼ばれていて、一番人気があり、園芸店などでよく見かけると思います。脇からの花が終わってしまっても、苞が長く持ってくれますので、夏はこの姿で楽しませてくれそうです。

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お見合い

 こんばんは、チェスです。

 新聞を読みますと、とうとう日本の出走率、違った、出生率が1.3を割って1.29になった、と報じています。正確には「合計特殊出生率」というそうですが、つまりは女性が生涯で何人子供を産むか、という指数と読めば、概ねはあっているのでしょう。識者によれば、国の人口を維持するためには、この数値は2.0を少し上回る必要があるそうですが、現状は年々下がりつづけているらしいです。
 とはいうものの、いい年をして未だ独身のチェスは、この数値に関しては全く寄与するところがありません。うーん、いや、税金はきちんと払っているから(少なくとも脱税はしていない!)全く寄与していないことはないか。

 ただ、誤解なきよう申し上げれば、小職は別に女性が嫌いだとか、男性が大好きとか、女性は近くにいるだけでも虫唾が走るとか、そういった種類の人間ではありません。確かに一時、ホルモン司令部の病気で(「下垂体腫瘍」をご参照のこと)困ったことにはなりましたが、現在では男性としてお役に立ちます。(キッパリ)

 10年も昔になりますが、チェスはお見合いをしたことがあります。

 なかなか感じの良い女性でしたので、引き続きお付き合いをお願いしたい、と連絡しましたら、相手さんも同じ様な返事がありまして、暫くお付き合いしましたが、ある日唐突に別れるハメになりました。
 この一件は、相手もあることなのであまり詳しく書くのはよそうと思いますが、どうもこれがケチのつき始めで、次にあったお見合い話は、小職が「競馬が好き」というのが先様に伝わっただけで、会ってもくれませんでした。そんなに競馬に偏見を持っているなら、こっちがお断りだ、とは思いましたけど。

 次第にこのテの話が無くなってきたな、と思っていたら、トドメの一発が脳腫瘍でホルモンバランスぶち壊しです。

 さすがに、最早お見合いの話も来なくなってしまいました。

 しかし、現代は、クラシックなお見合いではなくて、コンピュータを駆使した「あらゆるデータにより相性抜群の、ご結婚相手ご紹介サービス業」というのが華々しくやっているそうです。
 どうしても結婚したければ、コンピュータに頼るしかないのでしょうか。
 会社で、このテの会員になった同僚に話を聞いたことがありますが、どうも面白い相手はいなかったそうです。(ちなみにこの同僚も独身)
 それに、入会金、年会費というのも、結構な額を取られるそうです。ま、そうでなければビジネスとしては成り立たないでしょうからね。しかし、そんな金を払うなら、スポーツクラブに入会したほうが有意義ではないか、と考えてしまう近年のチェスでありました。(お見合いの話は只だったからなぁ)

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メンズファッション

 こんばんは、チェスです。

 いつぞや、小職の場合には身に着ける小物類は全く拘らないといった話を書きましたが、会社に通勤する際の服装についても、まぁ似たり寄ったりといいますか、拘り無くテキトーです。
 ただ、通勤途中の駅や電車内で、それとなく観察していますと、男性の場合には「センス良く、決まっている」と思える方はどうもあまりいらっしゃらない様にも思います。あれれ、さっきお前は、「服装に拘り無くテキトー」と書いたではないか、それで人様のファッションを批評できるのか、と言われれば、一言もありませんが、とにもかくにも、自分の事は棚に上げておいて、中年男性ファッションをみてみると、「没個性であり、無難に、目立たない様に」というのがキーワードに思われます。
 スーツやジャケットの色にしても、グレーが多く、次いで紺、黒、といったあたりを入れてしまえば、8割以上がいずれかに含まれるのではないかというカラー選択であり、若者はともかく、中年と呼ばれるあたりになるとシャツの色も白が圧倒的に多く、あまり冒険をした色のシャツの方は見かけません。

 これはどういう理由によるのでしょうか。

 一つには、「出る杭は打たれる」という言葉に象徴されるような、我々日本人のムラ意識、横並び意識が、服装の感覚にも「なるべく没個性に、多くの人様と同じ様に」という具合に働くのでは、という解釈です。
 しかし、OLの皆さんはどうでしょうか。全部が、とは言いきれないでしょうが、男性に比較すればはるかに個性を大事にして、ファッションに自分というものを主張されているように見受けられます。ま、ひょっとすると「ムラ意識」が働くのは男の方が強い、ということかもしれませんが。

 次ぎは、会社における存在です。工場のラインで働かれるブルーカラー、あるいは研究開発などの技術職であれば、会社の作業着に着替えて仕事をされるでしょうから、自宅-会社間の服装は、そう気を使わなくても良いかもしれません。多少カジュアルな格好でも、会社に着けば着替えてしまうのですから。
 でも、営業、事務系の管理部門などでは、通勤の時の服装が、そのまま「仕事着」になります。仕事着ですから、ここにあまり「自分」というものを主張するのは考え物です。先ほど、OLの皆さんとの比較をしましたが、OLの皆さんも、会社に着くと制服があるので、それに着替えるため、男性の作業服と似たような環境であり、ファッションを楽しめるということでしょう。
 営業、事務職であっても、20台位はまだそれなりにお洒落を楽しむというか、ブランド物のスーツに鮮やかなカラーのシャツを組み合わせたりしています。そいつがやがて、グレー中心のつまらないものになってしまうのはなぜでしょうか。経済的問題、というのも見逃せないと思います。若い頃は、給料もそれなりですが、独身の時は可処分所得という面では大きく、しかし結婚して家庭を持ち、子供ができるとなると、可処分所得は目減りする一方となり、勢い服装などにかまっていられなくなる、というものです。ああ、ちなみに小職は変わり者でヨメさんがいないため(別に好きでそうしている訳ではないが)同年代の方よりは、多少とも可処分所得は多いと思います。
 でも、「みんな、似たような感じ」というのはやはりつまらないし、せっかく良質の衣料品が溢れているのですから、中年男性もメンズファッションにおいて自己主張してもいいかもしれませんね。というのは、自分についても同様です。

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会社のサボテン-2004.6.10

 こんばんは、チェスです。

 小職の上司が、会社の屋上でサボテンを育てています。
 最初は小さな植木鉢だったのですが、サボテンが大きく育って大きくなり、鉢一杯になってしまったので、今年プランターに植え替えたみたいです。但し、このサボテンは棘が非常に鋭く、普通の軍手くらいでは簡単に突き通ってしまい、痛い思いをすること必定なので、植え替えの際にはだいぶご苦労されたみたいです。

 それはともかく、この植え替えでサボテンが大喜びしたのか、先月の5月から今月にかけて、次々と花を咲かせています。
 昨日みたときには、全部で9つの蕾がおおきくなっており、これは明日、いったいいくつ花が咲くかな、と楽しみにして、本日(6月10日)会社にやってくると、9つの蕾の内、8つが一度に花を咲かせていました。

 実は小職はサボテンの品種は殆ど知らないために、この棘が鋭く、本体が丸まっちいサボテンは何というのかわかりません。
 花の形や、純白の色を見ますと、先日小職の家で咲いた「月下美人」の花に似ています。サボテンは朝一番で咲きますが、月下美人の方は夜になって咲きはじめ、咲き終わるのは12時頃、という違いはありますが、月下美人と同じで、一日美しく咲いたと思ったら、もう次の日は無残に枯れてしまっています。
 月下美人には別に棘はありませんが、会社の上司のサボテンは、過剰防衛ではないの?と言いたくなるくらいの鋭い棘で覆われていますので、真っ白で可憐な花を見ますと、ギャップが大きいです。
 見事にたくさん咲いた、サボテンの花をご覧下さい。
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Photo N.Kosuge >Thinks for image!

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今は亡きチェス犬

 小職が、ニフティのパソコン通信(NIFTY-Serve)時代から使っているハンドルネーム「チェス」はウチに今年の1月17日までいた犬の名前です。

 チェス犬(いぬ)は、昭和60年3月12日生まれ、と言われていましたが、何分単なる雑種犬でしたから、真偽の程は明らかではありません。

 昭和60年は、小職が会社に入社しての1年目でした。その年のゴールデンウィークはじめに、亀戸方面のペットショップ(大手のK店にはあらず)店先のガラスには、2枚の張り紙が貼られていました。1枚は「犬差し上げます。(柴犬・成犬)」もう1枚には「子犬差し上げます。(雑種)」
 犬を飼いたいと思っていたチェス家の親父がこの張り紙を見つけ、雑種でも子犬の方が懐いてくれるのではないか、と言って、その子犬を見に行ったのが、後々、約19年にわたるチェス犬との付き合いの元となりました。
 チェス犬は、小さな家の玄関先の空き地に繋がれていました。子犬のこととて黒々とした毛艶と鼻の頭をしており、その家の人に放してもらうと、猛烈な勢いで走り出しました。家の子供によって、既に「チェス」と名づけられており、名前を呼ぶとすっ飛んで来るのがなんとも可愛らしいものでした。
 未だ耳は垂れており、毛色は所謂ブラックアンドタンという奴で、茶色の眉毛のように見える模様が顔のアクセントになっていました。
 結局、チェス犬を見に行った人間の誰も反対をする者がいなかったので、その場で貰い受けることになり、昭和60年4月30日(だから、当時は天皇誕生日)に、チェス犬はウチの一員になりました。

 金魚や、以前書きましたヒヨコ、セキセイインコなどを飼ったことはありましたが、犬という大物を飼うのは初めてで、何もかもが初体験という状況でした。以来、約19年間、母親の実家に一緒に旅行もしましたし、愛犬雑誌「wan」においては数年間にわたってニフティのペットフォーラムのコーナーをチェスの名前で担当させてもらったりもしました。
 若い頃はかなり血の気が多く、自分より大きな体の犬には必ず吠えついて向かっていくところがありましたが、自分より小さな犬には何をされてもされるがまま、という優しい犬でもありました。
 小職が会社から猫を貰ってきて、犬猫同居になっても、この猫のコバン師にいくら悪戯されても怒っていくということはありませんでした。

 2年ほど前からめっきり痩せ衰えてきて、目は白内障、耳は遠くなり、変形性脊椎症でうまく歩けなくなり、それでも食欲はありましたので、弱ってはいたものの、まだ大丈夫だろうとは思っていました。いや、冷静に考えれば、明らかに近いうちに死んでしまうだろうという観測はできたのですが、意識的にそうしたことを忘れていたのかもしれません。
 今年になり、いよいよ食べ物、水を受け付けなくなり、チェス犬を子犬の頃から診ていてくれた獣医師のところに連れていったところ、「老衰患者への対応になるので、最早点滴を打つなどをするしか方法はありません。ですので、処置をしてあげるという事も考えて下さい」と言われました。要するに「安楽死も考えてください」ということです。
 一度家に戻り、家族と相談致しましたが、何とか治療してもらおう、という意見は全く無く、それだけ食べ物も食べられないで弱っていくのを見るに忍びない、という状況であったので、安楽死処置をお願いしました。
 1月17日、チェス犬は約19年の生涯を終わりました。現在彼は、両国の回向院というお寺で、たくさんの犬猫その他の大勢の仲間と眠っております。犬との共有の時間を持つことができたのは、何よりの思い出と財産になっていると思っております。
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効率の良いお酒

 こんばんは、チェスです。

 大変お世話になっている巨大プール情報サイト「水夢王国」の練習会のオフ会でも、小職は生ビール(中)1杯で、非常に気持ち良く気分が高揚し、周囲の方たちにご迷惑をかけたのではないかと、翌朝くらいまでは反省していました。

 大変良く知られている様に、お酒の主な化学的成分は、エチルアルコールです。これは身体の中で酸化されると、アセトアルデヒドという物質になります。この物質は非常に臭いのですが、つまり悪酔いしたときの臭いというものです。ですが、人間の身体は良く出来ておりまして、アセトアルデヒドを更に酸化させて、酢酸にしてしまいます。つまり、「お酢」です。こうなれば、身体に悪いどころか、健康食品です。摂取したエチルアルコールが全部無理無く酢酸にまで処理できれば、二日酔いということもなく、翌朝はすっきりです。
 気持ち悪い状態、所謂悪酔いというのは、2番目の処理が追いつかなくて、アセトアルデヒドが溜まってしまった状態と考えればよいでしょう。この2番目の処理の反応速度を速めるには、触媒、生物的な触媒の場合には酵素、といいますが、これがないと、反応が遅くて、つまり少しのエチルアルコールでも、アセトアルデヒドを溜めてしまう結果になります。
 日本人は、この2番目の反応のための酵素を、元々先天的に持っていないか、ほんの少し、というタイプの人が多いそうです。西洋の方は、お酒を飲んでもほとんど顔色が変わらないのに、日本人は赤くなってしまう人が多いのは、このせいらしいですね。
 チェスも、このタイプで、大学生の頃は飲めないお酒を無理に飲んで、周囲に迷惑をかけました。
 社会人になりたての頃も、しょっちゅう酷い目にあっておりました。

 そのうちに慣れたというか、自分の適量がわかったというか、無理はしなくなったので、お酒の席でお世話をかけるということは無くなりましたが、逆に「掛かってしまって」アクセル全開踏みっぱなし、という状況はしょっちゅうです。

 なんというんですか、簡単に言えば「ハイになる」というやつですよね。もう、口先から生まれたのではないかというくらいに、あることないこと、それはまだ良くて、そのうちに無いこと無いこと(つまり嘘八百と大法螺)を大声でしゃべりまくります。
 周囲の方は、さぞや呆れて、ご迷惑を被っていることでしょう。
 翌朝、もうひどい嫌悪感に襲われて、「次回は必ず、必ずや大人しく人様のお話を聞く方に回ろう」と堅く誓うのでありますが、この誓いが守られたためしはありません。
 普段大人しい方が、お酒が入るとハイになる、ならわかるのですが、チェスの場合には、元々お酒がなくても「男のおしゃべり」なのです。これに僅かのお酒が入ると、ターボがかかるというか、エンジンの回転数がぐっとあがってしまってまずいことになるみたいです。一応自覚はあるのですが、お酒が入るとブレーキが効き難くなってしまうんですな。

 誠に恐ろしいというか、効率の良いお酒です。

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祭りの思い出、祭りの後

 こんばんは、チェスです。

 土曜日に、鳥越神社のお祭りのことを書きましたが、鳥越のお祭りが終わりますと東京は梅雨に入り、下町の一連のお祭りは暫くお休みです。
 我が台東区はずーっと人口の面でいいますと漸減傾向にあり、子供も減っていってしまうため、小学校、中学校という区立の学校はどんどん統廃合されていきました。
 しかし、チェスが小学生だった頃は、まだまだ子供の数も多く、この鳥越のお祭りは、1ヵ月くらい前から楽しみにしていたものでした。今でも思い出すと笑ってしまうのですが、お祭りのある土曜日の学校が引ける頃、担任の先生が「夜店の注意」というものをクラスの子供達にしてから家に帰しました。ま、お小遣いの無駄使いをするな、とかそんなことだったと思うのですが、そんな普通の話しを覚えているのではなくて、
「タコ焼きを食べるときは、一口で食べてしまうのではなくて、半分に割って、ちゃんと焼けているか見てから食べろ。」
という話しでした。夜店のタコ焼きは、いい加減に焼いているのでナマ焼けがある、そんなのを食べてお腹を壊してはいけないから、ということでしょう。もっともタコ焼きを2つに割って食べる様な子供はいませんでしたが。

 で、土曜日の午後からいよいよお祭りに参加です。

 幼稚園くらいの子は、所謂山車(台車に載っている太鼓)を引っ張るのですが、これはいわば見習いのようなもので、やはりお神輿を担がないとお祭りに参加したことにはなりません。一番小さな「小神輿」それから「中神輿」があり、あとはいきなり大人が担ぐ「町内神輿」に飛んでしまいます。中学生くらいになると、もう大人の仲間入りという事なのでしょうか。
 お神輿を担ぎ、一定のコースで練り回ると、町会の予算で子供に駄菓子等が入ったお土産をくれます。銭湯に入ることができる無料券は必ず入っていましたので、さっそく風呂屋に行ったものです。

 早く行って、手ぬぐいを縛って自分の担ぐ場所を確保しないといけなかったお神輿は、今や町会役員が支えてやらないと移動も出来ない状況になっていました。子供達はだれも「担いで」いなくて、手をちょっと添えているだけ。御神輿の神様が泣いてしまいます。

 日曜日の夜遅く、夜店が撤収をはじめて、月曜日の朝には普段通りの毎日が始まります。肩が、御神輿を担いだ跡で赤く脹れているのが、お祭りの名残になっています。それにしても、あの賑やかだったお祭りが終わった後というのは、一種独特の寂しさがありました。チェス家にもお客様が来ましたが、どうも「お客様を見送る側の人間」は寂しいものですね。

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隅田川

 こんばんは、チェスです。

 小職が住んでいる台東区と、東側のお隣の墨田区とは、隅田川によって隔てられています。30年位前、小職が小学生の頃は、隅田川というと、ドブ臭い、近寄るのはご免蒙りたい川でした。
 確か当時も、浅草から東京港の日の出桟橋、浜離宮を往復する「水上バス」が運行されていたと思いますが、到底乗りたいと思える船ではありませんでした。

 しかし、さすがにこれではいかん、と東京都が考えたのか、若しくは東京と言えども下水道の普及が遅れていた地域があり、そうした地域にも下水道工事を推進して、下水道普及率を高め、そうすることによって生活排水の垂れ流しを防止し、隅田川の水質浄化に努力していきました。流域にある工場に対しても、水質汚濁防止のために条例を作ったり、規制を強化したりと取り組んできたわけです。

 こうしたことが序々に実を結び、隅田川からドブの臭いが薄まってきました。
 隅田川に魚が戻ってきて、カモメが舞う様になりました。
 高い護岸は、人を川に寄せ付けませんでしたが、「リバーサイドテラス」という川の側を遊歩道、公園のように整備する工事も始められ、川の側を散歩することも出来る様になりました。ここから魚釣りをしている人もいます。(昔の隅田川を知っているチェスは、たとえ何か釣れても、到底食べる気にはなれませんが)
 ここまで川を回復させてきた行政の努力の結果は、素直に評価をしたいと思います。

 ところで、隅田川という名前は、北区赤羽の岩淵水門から、東京港の河口までの川に対する名前です。
 それより上流は、荒川という名前になります。
 江戸時代の隅田川は、大川とも呼ばれ、しばしば洪水を起こして江戸の町を水浸しにしました。明治になり、江戸は東京と名前を変え、名実ともに日本の首都となりました。そうなりますと、本格的に洪水の対策に取り組まねばなりません。
 抜本的な対策は、流れるパイプを大きくして、流量に余裕を持たせればよいのです。
 このため、隅田川の東側に、新たに人口の放水路を掘削する、という大工事が始められました。こうして出来あがったのが、現在の「荒川放水路」です。当時としては非常な難工事で、たくさんの犠牲者が出たそうです。
 しかし、この放水路の完成は東京にとって大きく、以来隅田川が洪水を起こしたことはありません。明治期の偉大な土木工事であったと言うべきでしょう。東京都民は、荒川放水路に感謝しなくてはいけません。

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鳥越神社祭礼

 こんばんは、チェスです。

 本日、6月5日と、明日6日は、チェス家のある鳥越町会のシンボル的存在の「鳥越神社」の例大祭です。

 この鳥越から浅草橋地区にかけては、鳥越神社の他には、蔵前に「榊神社」浅草橋に「八幡神社」「須賀神社」があります。
 東京下町の夏祭りと言うと、神田明神様、下谷神社、そして浅草の三社様(浅草神社=浅草寺のご本尊を網にかけて拾い上げたと言われる三人の漁師を祭っており、浅草寺のお隣にあります。)が次々と行なわれ、鳥越の前の週の週末に、浅草橋の2社と榊神社が連合して行なわれ、次の週に鳥越、というのが通例だったのです。ところが今年はいかなる訳か、榊神社が連合から抜け、鳥越と同じ週にお祭りをやりました。

 両国のプールから帰ってきて、蔵前の交差点で信号待ちをしていたら、知らないおじさんに
「今年は第六天と鳥越が同じ(週)にやったんだねぇ」
と話しかけられました。第六天、というのは、榊神社の愛称というか別称というか、そんなものです。
「そうなんですよ。何時もは前の週なんですがねぇ。」(チェス)
「もったいないなぁ、どうしても、鳥越にお客さんを取られちゃうだろうなぁ。なんたって鳥越は全国区だからなぁ。」
 小職は、鳥越の住人なので、苦笑する他はありませんでしたが、幸い信号が変わったので、会釈をしてこのおじさんと別れました。

 鳥越のお祭りは、夜祭で有名です。
 これは、明日日曜の宮出を待つ、境内の本社神輿です。
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 明日の日曜日は本社神輿が傘下の各町会を練り歩き、1年に一度だけ鳥越の神様が氏子の皆の方へ出向いて、挨拶をするわけです。(違うかもしれないけど、そんな解釈でもいいでしょ。)
 早朝に出発した本社神輿は、毎年だいたい夜の9時頃に神社に帰ってきます。「宮入」です。
 高張提灯と木遣り歌がお神輿を先導し、最後のバトンタッチが済むとお神輿が蔵前橋通りから神社に入って、お祭りは一応の終了となります。
 明日の宮入は、雨になってしまうでしょうか。

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紀行作家・宮脇俊三氏

 こんばんは、チェスです。

 山手線の方向表示で、思わぬ好反応が得られましたので(って、ここだけのローカルな感じですけど)それに気を良くして、再びレイルファンのお話です。

 日本という国は、非常に鉄道ファンの多い国であると言われています。所謂先進国を眺めてみても、これほど鉄道という交通に思いを寄せる一群の人々がいる国はない、ということです。
 鉄道ファン・レールファンという人々にも色々なタイプがあって、それぞれに派閥を形成して興隆を図っています。最大派閥はなんといっても車両派であり、更にこの中には模型グループ、写真グループ、近年勢力を広げた「電車でGO」などのコンピュータゲームグループなどがあります。

 一方で、地味な存在ながら、ヲタク度は相当に高いのが時刻表派であり、これの分派で鉄道推理小説派などというのもあります。時刻表主流派の如きは、JR時刻表大改正などというと目の色を変えて改正号を読み耽り(どうして「読む」ことができるのでしょうね??)果ては時刻表から自家製のダイヤグラムを引いたりしています。(順序としては、これは逆であって、本来は先にダイヤグラム=所謂ダイヤがあり、それを元に時刻表が作成されます)。

 最も地味なのが、鉄道旅行派ですが、この派には古くは内田百閒氏、阿川佐和子さんの父上阿川弘之氏、斎藤茂吉長男の斎藤茂太といったビッグネームが揃っています。その中でも宮脇俊三氏は、時刻表派に所属していながら、同時に筋金入りの鉄道旅行派の幹部という存在で、氏が初めて世に出した著作は「時刻表二万キロ」という名作です。
 小職が高校生の時、レールファンであった友人からこの人の著作を教えてもらい、読んでみると、大変な名文家であり、読んで楽しい紀行文でありながら、鋭い文明批評にもなっています。
 宮脇氏が名文家であるのは訳があり、氏は長い間中央公論社に勤務され、同社の出版部、編集部を経て取締役編集局長、常務取締役まで勤めた方です。作家と共同作業の本作り、作家の原稿を読むことが商売であったのですから、文章修行を長年積まれ、ひょこっと出てきたタレントライターなどは足元も及ばない、優れた文章を書くことができたのです。
 それでいて、出版社勤務時代に溜め込んだ各種の知識は多方面に及び、氏の著作からは博学多才がうかがえます。
 単なる鉄道ファンの旅行記とは片付けられない、楽しい鉄道旅行案内書にして日本や世界の人、自然、沿線描写に加えて、鋭い文明批評を含む読み物、それが宮脇氏の数多くの著作です。

 宮脇氏は昨年2003年2月、肺炎のため都内病院で逝去されました。76歳でした。あちらへの旅も、「鉄道でいくぞ」と頑張られたのではないでしょうか。

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平塚市内

 こんばんは、チェスです。

 昨日に引き続き、平塚の工場に行っていました。
 夕方、いつもは工場の総務課にタクシーを呼んでもらって、平塚駅から帰るのですが、タクシーを断り、歩いて平塚駅まで行ってみることにしました。

 昨日の件(逆方向へ歩いてしまった!)が頭をよぎりましたが、ま、まだ充分に明るいので大丈夫、と思って歩き出しました。そうは言っても、無闇やたらと遠回りをして歩くのもいやなので、確実にいこう、と考え、まずはまっすぐ南にあるいて東海道線と平行に走っている道を見つけ、この道を西に歩いていけばいやでも駅に出る、という道筋を歩きました。

 特に平塚市に限ったことではありませんが、このクラスの、地方中核都市といっても良い規模の町でも、歩行者が少ないのには驚きます。相当の距離を歩いても、なかなか歩行者とすれ違うことがありません。たまに自転車の方に会うくらいでしょうか。日常の足としては自動車が一般的なのかと思います。
 タクシーも、東京、大阪などで見かける「流しの営業」は出来ないため、町を走っているタクシーの数は少ないです。駅で客待ちをしている割合が大きいのでしょう。

 昨日行ってみた「総合公園」には、サッカーもできる素晴らしい競技場があるのですが、平塚を本拠地としているベルマーレがJ1から降格してしまい、Jリーグに関しては意気の上がらないところです。

 駅からさほど離れていない良い立地に、「神奈中スポーツプラザ」というローカルスポーツクラブを見つけました。
 「見学歓迎」などと看板が出ていましたが、見学だけでプールは使わせてくれないでしょうから、外の建物だけ眺めて、帰京致しました。
 空いている平塚始発の普通電車でのんびり帰ったのですが、追いかけてきた快速「アクティー」に途中で抜かれました。もっとも、普通とアクティーとの平塚-東京の所要時間は5、6分程度しか違いませんので、あまり悔しくはありません。

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方向音痴

 こんばんは、チェスです。

 本日6月2日は、「タネがいっぱい」の更新ができないかも、と予告いたしましたが、どうやら無事に帰宅できましたので、更新いたします。

 なんで更新できないかも、と書いたのかと申しますと、業務の都合ですが、チェスの勤務する会社の工場の一つが平塚にありまして、とある作業の応援に急遽行かなくてはならなくなったのであります。何しろ急なことで、どんな作業をどのくらいやらなくてはいけないかも不明であり、ひょっとすると夜遅くなる場合には、木曜日も引き続き応援がありますから、その場合には平塚駅付近の適当なビジネスホテルにでも泊まってしまおう、と思ったからです。
 しかし本日は、まだ態勢が充分に整っておらず、応援者も少なかったので、適当な時間が引き上げることができました。

 ところで、平塚駅のやや北には、平塚市の総合公園があり、プロ野球も開催される平塚球場や総合グラウンド、大きな体育館や、これに隣接しているプールがあります。タクシーの運転手氏の話では、元々は園芸試験場であった広大な土地を、市民向けの総合公園にしたため、元の豊富な緑を残しての運動公園となり、評判はよろしいそうです。
 プールも大きなものの様ですので、お泊りに備えてプール道具も!?持っていきましたから、ほんの1時間程でしたが、水遊びをしてきました。
 それはいいとして、平塚総合公園を出て、平塚駅に帰ろうとして道を歩き始めたのですが、どうも方向が正しいかどうかが確信が持てません。なら、誰かに聞けばいいものを、折悪しく聞くべき歩行者がいません。
 そうこうしているうちに、チェスの進行方向から神奈川中央交通のバスが走ってきました。行く先が、「平塚駅」になっているではありませんか!てことは、反対の伊勢原市方面へ歩いたことになります。
 慌てて、たった今来た道を引き返し、向こうから歩いてきた2人連れに尋ねてみると、やはり反対に歩いていたことが判明しました。
 初めての場所で、所謂、土地勘がなかったということもありますが、平塚駅への方角は概ね南、ということははっきりしていたのです。その、南への方向がわからなくなり、適当に歩いていたら反対だった、というのは、これはもう方向音痴という奴と言われても仕方ありません。方向音痴、若しくは方角音痴というのは、正確な定義は知りませんが、方位学的センスが低い人、とでもいうのでしょうか。
 これが、まだ太陽が見えている時間でしたらば、夕日が沈むのを右に見ながら進めば、進行方向は概ね南の方向、ということは推定できますが、とっぷり夜になりますと、やっぱりいけません。

 なまじ、色々な景色が見える状態というのは、方向音痴にとって危ないので、文字表示板や案内地図に頼らざるを得ない地下鉄の乗り換えの方が、ずっと安心というものであります。

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ラーメン屋

 チェスは時々会社の帰りに、温水プールがある北区の施設「元気プラザ」に立ち寄ることがあります。

 会社を出ると、国道122号線=北区内を走っている時は「北本通り」と呼ばれています=を北へ向かいます。環状7号線との交差点を過ぎると、何軒かのラーメン屋があります。
 そのうちの1軒は、夕方の開店を待つ人たちでしょうか。お店の前のベンチなどに座って友人同士で談笑したり、マンガを読んだりしています。そのお店の中を覗き込んで見ると、主人らしき人がカウンターの中で下ごしらえ中といった雰囲気でしたので、やはり夕方の開店前なのでしょう。
 それにしても、だいたい同じくらいの時間、夕方5時40分~6時頃に通る度に、例外無しに開店を待つ人たちがいる、というのは、驚いてしまいます。そのラーメン屋を過ぎて、50mも行かないうちに、似たような規模のラーメン屋があり、こちらは既に営業中なのですが、結構広い店内には、こちらもほぼ例外無しに、お客さんがおりません。更に少し行ったところにまたラーメン屋がありますが、このお店は店内が見えないので、営業状況がわかりません。
 つまり、国道沿いに3軒のラーメン屋が次々に姿を現すわけですが、明確に繁盛していると思えるのは1軒だけで、後は苦戦中と状況不明です。
 しかし、小職が通り過ぎる時間は、いつもほぼ同じ時間帯ですから、「たまたま」という事も考えられます。
 そこで、会社で上司に聞いてみると、小職の観察と同じ結果が返ってきました。1軒だけが非常に流行っているのだそうです。

 麺類には、蕎麦、うどん、イタリアンパスタなど他に色々とありますが、ことラーメンに関しては、如何なる訳か、特定の店ばかりがとにかく繁盛する、という現象がおきる様に思います。
 繁盛している店は美味しいという公式は、必ずしも成り立たないということもあります。マスコミに取り上げられて、それッとばかりに盛り上がり、実力以上の人気を獲得してしまうこともあるでしょう。また、「非常に美味い」と「とんでもなく不味い」の中間には、一人ひとりの味覚の好みというのが細かく存在している筈であり、結果として繁盛している店というのは、「味評価の偏差値が高い」お店である、と小職は考えています。それから無視できないのが、C/P=値段相応なのかどうか、ということ。お値段が高ければ、原料原価も高いでしょうから、相応に美味しいのは当たり前だと思います。

 ラーメンは、毎度繁盛の状況を見るほどに、差が大きくでるほど味に違いがあるのでしょうか。食べてから判断して言えばいいのでしょうが、食べ物屋に「並んで待って入る」という事を非常に嫌うチェス家の家風が災いして、繁盛し過ぎているラーメン屋というものに入ったことがありません。チェス家の人間は、みな気が短いのでしょうね。しかし、時分時にあまりに空いているお店に入るというのも、これはこれで勇気がいりますがね。

 ところで、明日6月2日は、チェスのココログの更新が出来ない可能性がございます。予めご了承下さい。

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