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下垂体腫瘍 その4

 こんばんは、チェスです。

 前回の下垂体腫瘍 その3 で書き忘れましたが、手術後ICUから戻ってきた2人部屋のベッドは、チェス母親が約2ヵ月に亘り入院していた時に使っていたベッドでした。どうも見覚えのある病室だ、と思いました。

 手術後2日目ですが、昼食はさすがにあまり食べられませんでした。依然として点滴台には何本ものデカイ瓶がぶら下がっており、どんどん栄養が供給されていたので、食欲がなくても問題はないのでしょう。部屋に供給されている酸素のラインから、口と鼻を覆う酸素マスクがきていまして、もっとも鼻は使い物にならないので、口を開けっぱなしのバカ面です。

 右胸には、ドレーンという管がくっついており、これがベッドにぶら下げてある四角いプラスチックの透明ケースにつながっています。こいつは、手術中に「自然気胸」という、空気が肺と胸の壁に溜まることにより肺を圧迫してしまった症状に対処するためのドレナージという処置だそうです。

 更に問題のお小水については、相変わらず膀胱にバルーンが入っており、自動的にベッドに下げてある袋へ排出される仕掛けになっておりました。看護婦さんが時々やってきて、袋からおしっこを抜き出し、比重を計測して、おしっこの量と比重が規定を外れてしまうと、「抗利尿ホルモン」を注射にくるという次第です。
 口を開けっぱなしなので、やたらと喉が乾燥してしまって口が乾きます。尿崩症という合併症の問題はあるものの、他は経過はまずまず良好というので、飲水は先生から許可になっていました。但し、いつどれだけ摂取したか、というのを把握しなければいけないということで、時間と飲んだ量を紙に記入しなければいけません。

 ところで、小職の手術方式であれば、頭は確かに切っていないのですが、鼻を経由して頭の中心部までトンネルを掘っていることは確かなので、ひょっとして髄液(頭蓋骨内部で脳を浸している液)が漏れてしまい、単に漏れただけならば良いですが、漏れて外部に出てきた髄液が頭の中に逆流してしまうと、髄膜炎というヤバい状況になるそうで、このリスクを防止するために、寝るときにもベッドの腰から頭にかけては持ち上げている状態で寝かせられました。
 寝てみると判りますが、この頭を持ち上げた姿勢というのは、眠りにくいです。しかも鼻にガーゼで口開け呼吸ですので、益々眠るというわけにはいきません。夜になっても、目をつぶっているだけで、睡眠という感じはありません。
 そうはいっても、徹夜をしているということはなく、夜明け頃はウトウトしていたみたいです。

 3日目になると、「車椅子に乗ってもよい」との許可が下りたので、少し気になっていた用を足すべく、車椅子ごと入れるトイレに向かいます。大量の点滴供給のためでしょうか、下痢をしてすっきりし、ついでに膀胱のバルーンを抜いてもらいました。
 4日目になると、呼吸器外科の先生がやってきて、例のプラスチックケースを眺め、「これなら、もう問題は無い」とのご託宣が下りたので、右胸のドレーンが抜かれました。身体にくっついていたライン類が次々抜かれるのでだいぶ楽になってきました。
 いつ無くなったのかわかりませんでしたが、左腕に刺さっていた太い点滴針も何時の間にか抜かれていました。

 しかし、夜は相変わらず眠れません。尿崩症のため、2、3時間おきにトイレに行かねばならず、おしっこをビーカーに取って比重を測定しないといけません。ベッドに戻り、口を開けて目を閉じていると、病室は自分一人(2人部屋でしたが、その時はもう一つのベッドが空いていた)の筈なのに、ベッドのすぐ脇に、3歳か4歳くらいの小さな女の子が立っているのです。うーん、おかしいなぁ、とは思いましたが、当時は不思議と怖いとかの感じはありませんでした。
 夜が眠れなくても、昼間別にやることはありませんから、ラジオなぞを聞きながらウトウトしている、という状況でした。
 そして5日目の日曜日、厳重な管理は最早不要、ということで、入院時の大部屋に引っ越しをしました。

 手術後1週間が経ち、あのうっとうしかった鼻の中のガーゼが取り出され、その翌日に鼻中隔を押さえていたプラスチックの2枚の板が外され、その後はそう大した問題も発生せず、お見舞いに来て下さったお客様に応接しているうち、無事退院となりました。先生や看護婦さん(今は看護師さんですね)、他医療スタッフの皆さんには本当にお世話になりました。

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