« 2004年3月 | トップページ | 2004年5月 »

ゼラニウムと鶏の卵事件


 こんばんは、チェスです。

 生命力が非常に強いゼラニウムという花は、あちこちで見ることができます。半年余りで相当に成長しますので、切り戻しをすると、又綺麗な花を咲かせてくれます。色も各種あり、楽しいものです。
 折れてしまった枝を会社にもってきて、小さな空いている鉢に挿しておきました。無事に着いたのですが、あまりに小さな鉢であったので、強風の日に転がってしまい、本体の枝を残して小枝が全部折れてしまいました。
 そのままにしておいたところ、春とともに再び葉が出てきて、さすがゼラニウムと感心し、その努力に敬意を表するために一回り大きな(といっても未だ小ぶりな)鉢に植え替え、日当たりの良い屋上に置いておきました。

 さて、連休谷間の今朝、会社に来てみると、そのゼラニウムがすっぽりと鉢から引き抜かれています。鉢から抜かれたゼラニウムは直ぐ側にありましたので、拾って鉢に収めてみると、その引き抜かれたゼラニウムの根の下に、鳥の卵がありました。
「なんじゃ、こりゃ?」と思って眺めてみると、ニワトリの卵の様に見えます。
 最初は何かの鳥が飛んできて卵を産み付け、ゼラニウムを載せたのかと思いましたが、卵の方はどうみてもニワトリの卵です。だいたい鳥が卵を産むとすれば、巣の中に産むでしょうから、こんな会社の屋上の一角に産むのはおかしいです。ですから、そこいらにたくさんいるハトやスズメの卵ではなさそうです。

 面白い事件ですので、周辺の人の意見を聞いてみると、人事部長の
「カラスがどこからかニワトリの卵を失敬してきて、それを取り敢えず隠したつもりじゃないの」
というのが面白そうなご意見です。カラスは非常に頭が良く、屋上に並べてあった植木をしばしば悪戯するので、有り得る話だと思います。
 取り敢えずゼラニウムは連休中また犠牲になると気の毒ですから、場所を変えて避難させ、卵は前の位置そのままにしておこうと思います。これを見つけた別のカラスに食べられてしまっても、責任は取らないよ>隠した張本人のカラス君。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

液晶テレビ

こんばんは、チェスです。

 会社で、テレビを買うことになりました。大きなテレビで、小職が購入に関する調査と企画書を書いて提出しました。
 最近は、大きな画面のテレビは、CRT(陰極線管=所謂ブラウン管)方式のテレビになりますと、奥行きがある大きくて重い箱になってしまうため、設置に場所をとるので、別方式のテレビが流行っています。

 別方式とは、皆様の多くが、今この瞬間でもたぶんご覧になっているLCD(液晶ディスプレイ)方式のテレビ、もう一つありまして、プラズマディスプレイ方式のテレビであります。
 この2方式のディスプレイは、どちらもCRT方式に比べて大画面にしたときに、奥行きが断然薄く、設置場所を取らないという特長があります。そんなわけで、大画面テレビは従来のCRT方式に代わって、上記の2方式が売れるようになっています。
 更に大きい画面を望む向きには、「プロジェクター+スクリーン」という方式もあるにはありますが、映画を見るので無ければ、ここまでは普通いらないでしょう。

 さて、以上の予備知識をもっていた上で、どちらの方式の、どこのメーカーのテレビを購入するべきか、という結論を出して会社に提案しないといけません。
 イニシャルコスト=簡単に言えばお値段、ランニングコスト=要は電気代です、画面の明瞭さ、内蔵のチューナー(将来始まる地上波デジタルチューナー内蔵か)、D端子、パソコン入力(大画面を活かして出力画面として使えるか)、デジタルメディアの入力、等など、検討すべき項目は多岐にわたります。

 無制限にお金を使えるわけではなく、予算は決まっており、その中でベストの選択をしなくてはなりません。

 各社の製品スペックが載っているカタログを眺めているうちに、一つのことに気がつきました。30型以上の大画面になると、価格的にはプラズマテレビの方が、液晶テレビより安いのです。そこで、1回目の提案では、32型程度の液晶テレビと、42型程度のプラズマテレビを並べて報告しました。イニシャルコストは、このくらいで同じレヴェルになるのです。
 但しランニングコストは液晶テレビが有利です。

 1次報告では、32型程度のテレビで良い、ということになり、シャープの液晶テレビ、パイオニアやパナソニックのプラズマテレビを候補に残すことになりました。ソニーは、両方に製品を持っていましたが、デジタルメディア再生が、自社のデジカメやデジタルビデオカメラで使われているメモリースティックのみであるので、落としてしまいました。
 予算内で、32型の液晶、プラズマテレビとなると、自然と限られてきます。32型程度では、お値段にそれほど差が付くことはなく、そうすると電気代の安い液晶テレビが有利です。画面も、液晶テレビは十分に綺麗です。

 シャープの液晶テレビ「アクオス」を最終的に残しました。理由としては、液晶を自前で開発しており、パソコンのディスプレイなどで十分な実績があること、チューナーや各種の機能についても十分なこと、デジタルメディアについては、パソコンカードスロットを持っているため、アダプターさえ用意すれば各種のメディアが再生可能なこと、などが理由になりました。
 更に価格を調べるため、「価格.com」にあたり、一つの通販店をピックアップし、見積書をFaxしてもらって、稟議書を回します。決裁するのは、小職に調査を依頼した部長ですから、簡単に決裁がおりました。
 後は請求書が着き次第、代金を銀行振込して、現物の配送を待つばかりです。

昨日、この液晶テレビが届きました。大画面でも綺麗なものですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハイビスカス

 こんばんは、チェスです。

 会社で、ハワイ大好きの同僚がいて、いやいや、ハワイだけでなく世界中を渡り歩く方ですが、この方は本社の園芸部長とも言うべき存在で、花壇の面倒なども1人で見ておられます。ハワイ大好きだけに、何鉢ものハイビスカスを育成中ですが、暫く前に伸び過ぎた枝をバシバシと剪定され、その剪定された枝をコップの水の中に差しておいたのですな。
 そのうち、枝から葉が出てきて、おお、こりゃすごい、と思っていたら、蕾をつけ、とうとう本日、そのうちの一つの蕾が見事に咲きました。

 一般にハイビスカスと言われると連想する、真っ赤な花の種類ではないのですが、薄いオレンジ色の中に赤い模様が入り、花の中に飛び出している花びらがあるという面白い形です。
 無論、鉢植えの立派な花に比較すると小さく可愛らしい花なのですが、間違いなくハイビスカスではあります。よくご覧下さい。

040428.jpg
Photo N.Kosuge >Thinks for image!

 コップの水の中のハイビスカスの枝を見ても、特に根が出てきているわけではないのに、良くまぁ蕾をつけたものだと感心してしまいます。
 同僚にお願いして、枝の一本をいただいてきました。これをチェス家の空いている鉢に活着させて、いずれ大きく育てて立派な花を咲かせて見せよう、というのが、GW前のチェスの野望となりました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

同窓会


 こんばんは、チェスです。

 学校の同窓会組織というものは、これまで全く没交渉であったのですが、今年は卒業した大学の同窓会から封書が来て、「卒業年度が1974年、84年、94年の(つまり卒業後30年、20年、10年経過した)卒業生」に動員がかかっているらしく、次のホームカミングデーの実行委員会の委員をやれ、という内容でした。

 大は国家から、小は家族まで、この世の中は様々な団体、組織がありますが、団結力、組織力、目的に向かうヴェクトルの大きさという点において、同窓会組織ほど力が弱く、希薄な組織はないのではないでしょうか。

 本日、実行委員会に出掛けてみますと、上記の該当年度の卒業生から受託の返事があったのは、僅かに5人だったそうで、チェスはそのうちの1人ということになります。
 他にもたくさんの実行委員の方々が参集されていましたが、殆どは昨年、一昨年と経験されたみなさんで、つまり新しくメンバーに入ったのはほんの5名限りだったんです。もうちょっといるかと思っていたチェスは、さすがに驚きました。

 考えてみると、同じ学科の卒業生でも、ほとんどは今どこでどうしているのやら、消息がわかるのはほんの数名です。
 ましてや、大学全体での同窓会といっても、何を目的で集まるというの、となると、困ってしまうわけです。

 まぁ、最も、色々知らない人とお近づきになれるのは、面白いことではあります。
 会議が終わってから懇親会となり、何人かの方と名刺を交換し、お話しさせていただきましたが、墨田区役所にお勤めの方がいらっしゃったので、思わず「ボクはお隣の台東区の人間ですが、墨田区の両国屋内プールには通わせてもらっています」と申し上げると、「あそこは、実は私がやりました。」とおっしゃり、水のろ過方法に中空繊維を使っていて、他のプールより水が柔らかいと評判なこと、などをお聞きしました。
 何が縁で、いつも使わせてもらっているプールの関係者にお会いできるかわかりませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

西洋占星術

 こんばんは、チェスです。

 以前に「血液型人間学」で能見正比古さんのことを紹介させていただいた折、欧米(英語圏)の方では、医療用以外で人様に血液型を聞くのはご法度であり、それは科学的に否定されているものだから、とのコメントを水泳中毒患者様から頂戴いたしました。水泳中毒患者様が、その場でどのようにお感じになったかはわかりませんが、これに対する小職の考えを述べさせてもらいます。

 小職は、血液型による人間性格分類は、占いとは思いませんが、西洋占星術という、はっきり占いと謳っているのが、ヨーロッパを起源としてありますね。「西洋占星術」といいますけれども、その起源はオリエントのバビロニアであり、キリシャ・ローマを経て、中世のヨーロッパにおいて全盛を極めたそうです。
 黄道十二星座というのがあり、太陽が1年かけて回っていくルート(実際は地球のほうが回っているのですが)にある星座を使って12に区切り、人が生まれた月日がどの星座に属するか、がまずあり、更に生まれた時間が分かれば、その時の月や各惑星の位置が、その人の生まれに影響を及ぼすのだそうです。月は最も近いですから、同じ日に生まれたとしても半日も違えば月の位置は大きく異なり、月の影響も全く異なる筈ですね。更に内惑星である水星、金星や、地球のすぐ外側を回る火星の運動は早く複雑であるため、影響がどれほどか知りませんが、同じ星座生まれであっても、惑星の位置によっては相当の違いが出てくることでしょう。ただ、西洋占星術士(というのがいるのか知りませんが)にとってありがたいことに、現在のパソコンの能力をもってすれば、何年何月何日の何時何分に生まれたとわかれば、その時の天体の位置関係は正確に再現することが可能ですから、きっと正確無比な占い結果を出すことができますね。

 ところで、最初に出てきました黄道十二星座ですが、1年を12に区切るには、どこかを基準にしてそこから区切っていかなければいけません。西洋占星術では、春分点(春分の日に太陽が昇る点)を基準として、ここから1年を12に区切り、生まれ日によって「あなたは○○座」とやっているのです。しかし残念ながら、地球の自転軸はコマの回転軸のブレの様に僅かずつずれており、このずれのことを「歳差」と言っています。この歳差のために、黄道十二星座の枠組が東へずれてしまいます。そのズレの量は100年間で角度にして5029秒、1000年ならこの10倍で約14度、キリシャ時代以来、優に現在まで2000年は過ぎていますから、概ね30度近く=全円周360度の1/12くらいは「ずれた」ということになります。
 そうすると、十二星座の基準の春分点、こいつは西洋占星術では「牡羊座」ということになっていて羊の原点などと呼ばれていますが、現在の春分点は上記しましたように1/12ほど東にずれて、本来は黄道十二星座のアンカーであるべき「うお座」にございます。ですので、私はかに座と言われていますが、現在の枠組であれば東隣のふたご座ということになります。しかし現在なお、西洋占星術はこの点を頑強に無視しているようです。
(上記の説明は、「天文まんげ鏡 石田五郎 著 東京書籍」から一部引用させていただきました。)

 確かに、西洋占星術においては惑星の動きなども勘案して占いに活かした様ですから、天体力学の基礎となる惑星運動の観測データの蓄積、この延長線上にやがてガリレイ、ケプラー、ニュートンといった物理学者たちを輩出することになるので、西洋占星術と天文学、物理学に繋がりがないとは言えないのですが、1年を12分割して、その枠内に生まれた人の性格、あるいは日常のある日の運勢を占うというのは、やはり現代物理学、天文学と無関係であると言われても仕方ないでしょう。しかし占いを「都合の良い占いだけを聞き、日常の生活のアクセントにして楽しむ」なら別にかまわないとも言え、血液型人間学を同じレヴェルに捉えれば、別段目くじらを立てるほどのこともないと思います。
 欧米の人が、血液型の性格分類を「科学ではないから」と頭ごなしに拒絶するのは、自分たちの価値観以外は認めないという傲慢ささえを感じます。 この世の中で、自然科学を含めて科学が扱えるという分野は、まだまだ僅かで、科学では扱えない分野の方が遥かに広いのです。西洋占星術も、天体の運行という大自然への畏怖と観察から始まったと言え、当時の最新科学の一分野を成していた筈です。血液型という切り口が、先天的に人間に与える影響について、今後いかなる研究があるかわからないのです。世界中には多様な価値観を持つ人々が生きていますが、その多様な価値観をお互い尊重することは欧米人にこそ必要ではないかと思います。ひょっとすると欧米の人たちの中にも、血液型と性格についての関連を調べる研究者がいるかもしれませんけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

 こんばんは、チェスです。

 誠に唐突ですが、皆さんは苺をどのようにして食べていますか?
 ちなみに小職は、苺にお砂糖を少々、茶さじに軽く1杯くらいかな、かけまして、これに牛乳をひたひたになる程度かけて、つまり「イチゴミルク」の状態にして食べています。
 問題は、この後です。

 正式には何と言うのか知りませんし、ひょっとすると正式名なぞはないのかもしれませんが、苺の表面と同じ模様がついていて、底の部分が平らになっている御匙(=スプーン)があるでしょ?は?ご存知ない?あるんです。
 チェス家では、「イチゴ用スプーン」と呼んでいます。先も突き刺せる様に割れています。

 どうしてこんな形状のスプーンがあるのか。それは、苺を食べる際に、この専用スプーンの、平らな底の部分を使用して苺にあてがい、適切な圧力を加えて苺を変形せしめる、と簡単に言えば、つぶして食べるためにあるのだと思っていたのですね。何の疑いも無く、そう信じていたわけです。まぁ、今でも家の中で食べる時は、そうしています。

 しかし、確か高校生の時だったと思います。なぜ、どうしてそんなシチュエーションになったのかも思い出せないのですが、クラブ活動をしていて部員の面々と共に、苺を食べたのです。で、出てきたのが例の専用スプーンではなくて、底の丸い普通のティースプーン。これではつぶすのは難しいのですが、それでも懸命に小職は苺をつぶしていました。ふと回りを見ると、そんなことをしていたのは小職ただ1人。他の面々は苺をスプーンですくって、そのまま口に運んでおりました。で、いやな雰囲気と思った小職は、誰にともなく、苺つぶし作業について確認を求めると、確か1年先輩の部員にだったと思いますが、

 「苺は外で食べる時は、つぶすもんじゃない、と親に言われた。」
と、ボソッと言われたんですな。

 何か、礼儀作法知らずが一人だけ、という状況になって、顔から火が出る思い、とでもいいますか、とにかく気まずい思いをしました。今でも覚えているのですから、衝撃を受けたんですな。

 確かに、イチゴミルク状態にして、専用スプーンにてつぶしますと、みかけは非常に悪くなります。
 苺の果物としての尊厳、というか、そういうものとか、美意識というものがあったとして、「止めてくれ」と言いたくなる食べ方かもしれません。
 が、長い事この方式で食べて来たものにとって、そう簡単に変えられるものでもありません。
 つぶさずに食べるのが正式なマナーなのかもしれませんが、つぶして食べますと、苺にお砂糖と牛乳が良くからんで美味しいと思うのです。

「正しいテーブルマナー」という本があったとして、その「デザート・果物の部」に、「苺、もしくはその種類の果物の場合には、決してつぶさずにいただきましょう。」
なんて書いてありそうで、こわいですけれどもね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

南めぐりん 開業!


 こんばんは、チェスです。

 大変ローカルな話題なので、恐縮なのですが、小職が住む東京都台東区は、「めぐりん」という名前のコミュニティ・バスを運行しています。
 コミュニティ・バスとは、鉄道、地下鉄、バスなどの公共交通機関が網羅していない地域と、各公共交通機関の駅などを結ぶことにより、当該地域の交通利便性を向上させると同時に、一定地域内の移動手段を確保することで、自家用車の違法駐車や、駅周辺の放置自転車などの問題解消を目的とした、小型バスを使った地域循環式バスのことです。
 従来のめぐりんは、台東区の二大繁華街である上野と浅草の中間地域を結び、更に台東区北部地域を循環させることで、上記の様な目的を達成しようとするものでした。
 台東区は、北側の区境を、環状4号線明治通りで荒川区と接し、これを上辺とする略三角形をしています。
 従来はどちらかというと北半分に目が向けられがちでしたが、今度めぐりんの路線を検討し、従来走っていためぐりんを「北めぐりん」と名称を改め、新たに南半分を走る「南めぐりん」が本日4月24日開業しました。

 台東区の南部地区の交通の要は、JR総武線と都営浅草線の浅草橋駅であり、ここと南部地区の主要な医療機関や、他の地下鉄などの駅を結ぶルートになりました。従来の路線である「北めぐりん」との乗り換え停留所(生涯学習センター)を出発する南めぐりんは、台東区役所などを経由して反時計回りに台東区の南半分を循環するルートになっております。
 南めぐりんは、台東区唯一の温水プール「清島温水プール」の近くを通り、夏だけのプール「柳北スポーツプラザ」も止まり、チェス家の近所にも停留所ができる様ですので、これらのプールへの往復には便利に使えそうであります。
 利用料金は全線均一で100円だそうですので、割と気軽に乗れそうです。

 本日午後、近所の「柳北公園」にて開業出発セレモニーがあるらしいので、昼過ぎの1時頃出掛けてみましたが、既に式典は終わっておりました。しからば、とチェス家にとって南めぐりんの最寄停留所となる「鳥越神社前」に立ち戻りますと、何人かのお年寄りが集まってきました。何でも、開業記念で、本日と明日の日曜日は通常運賃100円のところ、10円で乗れるそうです。

040424.jpg
 暫く待つうちに、南めぐりんがやってきました。
見慣れた都営バスに比べると、随分可愛らしい車体です。小型で乗車定員も少ないのでしょう。車内は満員の様子で、運転手さんが「すいません、満員ですので、次のに乗ってください。」とアナウンスしています。待ち人から「きっと次のも満員だろう」とヤジが飛びました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

下垂体腫瘍 その4

 こんばんは、チェスです。

 前回の下垂体腫瘍 その3 で書き忘れましたが、手術後ICUから戻ってきた2人部屋のベッドは、チェス母親が約2ヵ月に亘り入院していた時に使っていたベッドでした。どうも見覚えのある病室だ、と思いました。

 手術後2日目ですが、昼食はさすがにあまり食べられませんでした。依然として点滴台には何本ものデカイ瓶がぶら下がっており、どんどん栄養が供給されていたので、食欲がなくても問題はないのでしょう。部屋に供給されている酸素のラインから、口と鼻を覆う酸素マスクがきていまして、もっとも鼻は使い物にならないので、口を開けっぱなしのバカ面です。

 右胸には、ドレーンという管がくっついており、これがベッドにぶら下げてある四角いプラスチックの透明ケースにつながっています。こいつは、手術中に「自然気胸」という、空気が肺と胸の壁に溜まることにより肺を圧迫してしまった症状に対処するためのドレナージという処置だそうです。

 更に問題のお小水については、相変わらず膀胱にバルーンが入っており、自動的にベッドに下げてある袋へ排出される仕掛けになっておりました。看護婦さんが時々やってきて、袋からおしっこを抜き出し、比重を計測して、おしっこの量と比重が規定を外れてしまうと、「抗利尿ホルモン」を注射にくるという次第です。
 口を開けっぱなしなので、やたらと喉が乾燥してしまって口が乾きます。尿崩症という合併症の問題はあるものの、他は経過はまずまず良好というので、飲水は先生から許可になっていました。但し、いつどれだけ摂取したか、というのを把握しなければいけないということで、時間と飲んだ量を紙に記入しなければいけません。

 ところで、小職の手術方式であれば、頭は確かに切っていないのですが、鼻を経由して頭の中心部までトンネルを掘っていることは確かなので、ひょっとして髄液(頭蓋骨内部で脳を浸している液)が漏れてしまい、単に漏れただけならば良いですが、漏れて外部に出てきた髄液が頭の中に逆流してしまうと、髄膜炎というヤバい状況になるそうで、このリスクを防止するために、寝るときにもベッドの腰から頭にかけては持ち上げている状態で寝かせられました。
 寝てみると判りますが、この頭を持ち上げた姿勢というのは、眠りにくいです。しかも鼻にガーゼで口開け呼吸ですので、益々眠るというわけにはいきません。夜になっても、目をつぶっているだけで、睡眠という感じはありません。
 そうはいっても、徹夜をしているということはなく、夜明け頃はウトウトしていたみたいです。

 3日目になると、「車椅子に乗ってもよい」との許可が下りたので、少し気になっていた用を足すべく、車椅子ごと入れるトイレに向かいます。大量の点滴供給のためでしょうか、下痢をしてすっきりし、ついでに膀胱のバルーンを抜いてもらいました。
 4日目になると、呼吸器外科の先生がやってきて、例のプラスチックケースを眺め、「これなら、もう問題は無い」とのご託宣が下りたので、右胸のドレーンが抜かれました。身体にくっついていたライン類が次々抜かれるのでだいぶ楽になってきました。
 いつ無くなったのかわかりませんでしたが、左腕に刺さっていた太い点滴針も何時の間にか抜かれていました。

 しかし、夜は相変わらず眠れません。尿崩症のため、2、3時間おきにトイレに行かねばならず、おしっこをビーカーに取って比重を測定しないといけません。ベッドに戻り、口を開けて目を閉じていると、病室は自分一人(2人部屋でしたが、その時はもう一つのベッドが空いていた)の筈なのに、ベッドのすぐ脇に、3歳か4歳くらいの小さな女の子が立っているのです。うーん、おかしいなぁ、とは思いましたが、当時は不思議と怖いとかの感じはありませんでした。
 夜が眠れなくても、昼間別にやることはありませんから、ラジオなぞを聞きながらウトウトしている、という状況でした。
 そして5日目の日曜日、厳重な管理は最早不要、ということで、入院時の大部屋に引っ越しをしました。

 手術後1週間が経ち、あのうっとうしかった鼻の中のガーゼが取り出され、その翌日に鼻中隔を押さえていたプラスチックの2枚の板が外され、その後はそう大した問題も発生せず、お見舞いに来て下さったお客様に応接しているうち、無事退院となりました。先生や看護婦さん(今は看護師さんですね)、他医療スタッフの皆さんには本当にお世話になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カランコエ

 こんにちは、チェスです。

 カランコエという植物をご存知でしょうか。肉厚な感じの葉を持つ、「多肉植物」という種類の植物で、丁度今頃、2~4月頃小さな可愛い花が咲きます。一般的なカランコエは4枚花びらの小さな花がたくさん咲く奴ですが、カランコエの種類によっては、釣り鐘型の花を咲かせるものもあります。花の色は中々多彩で、白、黄色、オレンジ、紫色、朱色などがあります。

 小職は、カランコエが結構好きでして、当初は街角の花屋から買ってきた株を植え替えて育てていましたが、これは繁殖力が強くて、折れてしまった枝を差しておくと、じきに活着するため、増やすことに成功しました。
 ただ、植木鉢がさほど大きいものを使わないのが理由なのかもしれませんが、株自体はあまり大きく立派には成長してくれません。ある程度伸びてくると、伸びた先が折れ易くなってしまいます。
 花は割合長く咲き、楽しませてくれますが、終わってしまった花ガラはどんどん摘んでしまった方が、翌年花芽を着けやすいようです。他の植物にも言えることなんでしょうけどね。
040412.jpg
Photo N.Kosuge   >Thanks for image!
 カランコエは、「短日処理」という日照時間を管理することにより、花芽を早くつけることができるそうです。春の花がおしまいになったあと、本当は暫く昼間が長いのですが、日に当てる時間を短くすることによって、「もう冬が来ちゃった」とダマす訳ですね。そうすると、秋頃に2回目の花が咲くようになるそうなのですが・・本来の時期でないのに、花屋さんの店先に花のついたカランコエが並んでいるのは、このようにして花を咲かせた奴なんでしょうね。
 やったことがないので、果たしてそううまくいくのかどうか。作業としても毎日のことですので、根気の要る面倒な作業になりそうです。

 カランコエは、水のやり過ぎに注意が必要です。枯らしてしまうのは、水のやり過ぎが原因の方が多い様です。思い出した時にたまに水をやるのが丁度良い、ズボラな人向きと言えるかもしれません。
 東京あたりであれば、日当たりがよければ一年中外に出しっぱなしでも大丈夫かもしれませんが、寒さにはそれほど強くありませんので、真冬の時期は日の良くあたる室内に入れてあげるのがよいと思います。

 カランコエのファンの方はいらっしゃいませんか?情報を交換しましょう。


| | コメント (10) | トラックバック (0)

竹内 均先生


 東京大学名誉教授の竹内 均先生が亡くなられたというニュースが昨日流れておりました。

 小職が理学部の学生の頃(注 東京大学ではありません)、竹内先生が編集長となって、科学雑誌「ニュートン」が教育社から創刊されました。ニュートンが出た時の事は、非常に鮮明に覚えています。竹内先生は東大を退官後、「アメリカなど科学先進国には、『サイエンス』『ナショナルジオグラフィック』などの、写真を豊富に使ったヴィジュアルな自然科学雑誌がある。大学を辞めた後は、日本でこういう雑誌を作りたい」と願っておられ、その希望通りの科学教養雑誌を作られたわけです。
 「ニュートン」は創刊後何年かの間は、「広告無し」という非常に潔いというか、好感の持てる誌面作りであり、内容の方もその時その時の第一線の科学の解説から、地球や日本の自然紹介、科学者の伝記など、幅広く編集され、読み応え、見応えのあるものでした。日本でこのような良質の科学雑誌がとうとう出来たのか、と驚き嬉しくなりました。ニュートン創刊の後、柳の下の二匹目の泥鰌を追う様に、何冊かの科学雑誌が登場しましたが、最終的にはニュートンのみが生き残ったと思います。

 竹内先生は、東京大学で地球物理学を教えておられました。マントル対流、プレートテクトニクスという理論を支持、研究されており、竹内先生が制作に協力した、小松左京氏原作の「日本沈没」という映画がヒットしたために、その御褒美でアイスランドに行かせてもらった、と何かに書かれておられました。(ニュートンだったかもしれません)アイスランドというのは、地図で見ると大西洋中央海嶺の真上に存在する島で、つまりマントル対流の「出口」にあたる場所と考えられています。その当時は、大学の先生と言っても経済的にはそれほど恵まれている訳ではなく、アイスランドに行くというのはすごいチャンスだったのですね。

 「ニュートン」の中の連載物「偉大な科学者たち」では、創刊号は当然のことながら、雑誌の名前にもなっている「サー・アイザック・ニュートン」を取り上げています。竹内先生は、この英国の物理学の巨人を非常に尊敬されていて、だからこそ自分が生みの親となった雑誌の名前にしたのでしょう。ニュートン力学、ニュートン物理学と言われる理論は、その後の物理学に大きな影響を与えたのですが、それほどの人にして、こんな有名な言葉があります。

「私などは、海岸で時折珍しい石や貝殻を拾って喜んでいる子供の様なものだ。真理の大海原は、誰にも解明されることなく、ただ目の前に広がっている。」

 竹内先生は、尊敬するニュートンにお会いすることができたでしょうか。ご冥福をお祈りします。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

律速段階

 こんばんは、チェスです。

 会社から帰宅途中、小職の前を、野球部員と思しき高校生が、そうですな、6、7人で固まって歩いていました。人生の中で、最も生命力、活力に溢れている時期で、しかも運動系クラブの部員ですから、ダラダラもたもたと歩いている訳ではありません。繁華街あたりで見かける、おしゃべりが全く途切れない女の子同士の歩き方とも、無論違います。ごく普通に、まずまずテンポ良く歩いているのです。

 しかし、かなり後から歩いていた小職は、やがて彼らに追い付いてしまい、適当な頃合を見計らって追い抜かなければいけませんでした。
 小職は会社帰りで、決して元気良くズンズンと歩いていた訳ではないのに、です。

 まぁ、これは、ちょっと考えると理由はわかります。
 人間、何人かで歩く時には、最も足の遅い人に、全体の速度が支配されてしまいます。

 男女カップルが歩いているのを見て下さい。相当の速度で歩いているカップルがいたとすれば、きっとケンカでもしているのでしょうね。大抵は、女の子の足に男が合わせている筈です。

 4、5人のグループになると、全体を同じ速度に合わせるのは一層困難となり、自然、平均速度は遅くなってしまいます。
 もっと極端な例では、朝の混雑しているラッシュ時の駅のプラットフォーム、学校や職場へ向かう人達は、皆時間に追われており、急いでいるはずですが、そうそう早くは歩けません。まぁ、この場合は人間が多すぎて、物理的に早く歩くためのスペースが無い、ということもありますが、ラッシュ時の駅利用客というのは、ほとんどその駅の構造を知りぬいており、自分の行動も毎日のことで、慣れているはずですから、もうちょっとスムーズにいきそうなものです。
 ですけれども、全体の流れは少数の遅い速度の人に支配されてしまうのです。

 この様に、複数のメンバーが同時に歩行しようとするときは、その数が多くなればそれだけ、速度を上げる(若しくは一定にする)のは困難になり、メンバーの中で、遅い人の速度に合わさざるを得なくなります。
 あくまでも概ねの話でしょうが、同時歩行の人数と、平均速度は、反比例する、と言っていいかもしれません。

 日露戦争当時、ロシアのバルチック艦隊がヨーロッパから遠く日本へ向けて遠征中、ロシアの本国では、更に増援の艦隊を送るので、バルチック艦隊を途中で待たせる命令を出しました。
 ところが、バルチック艦隊の司令長官・ロジェストウェンスキー提督は、「冗談じゃない」と怒ったそうです。

 普通なら、増援艦隊が来るのだから、戦力が増えてありがたい筈ですよね。

 でも、ロシア本国が送った増援艦隊は、あまり速度の出ない、旧式の戦艦だったのです。
 いざ、日本の連合艦隊と海戦になったときは、バルチック艦隊は、まとまった運動をするためには一緒の速度で戦わないといけませんが、旧式戦艦が混じれば、これに速度を合わせないといけなくなってしまうからです。仮に敵の艦隊が20ノットで運動しているのに、こちらは15ノットしか出せないとしたら、海戦の不利は素人でもわかります。

 それやこれやで、結局バルチック艦隊は、日本海海戦で負けてしまうのですが・・

 このように、あるグループがまとまって行動しようとするときに、1人だけが遅いと、全体の速度は遅い人に支配されてしまいます。いきなり化学の話に飛んでしまいますが、化学反応においても、マクロ的にみれば単純な反応であっても、ミクロ的には何段階もの経過を辿って反応が進んでいます。で、その段階中で、最も手間のかかる部分が、その反応全体の反応速度を支配しています。速度を律するので、そこのところを「律速段階」と呼んでいます。

 「もっとも遅いものが、全体の速度を支配する」色々な現象に表れていそうですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自家用車 その4

 みなさん、こんばんは。チェスです。

 スタイルもメカニズムも気に入っていたにも拘らず、売却されてしまったスバル・レガシィ。でも、ステーション・ワゴンという荷室広大で使い勝手の良いクルマにはすっかり惚れ込み、以後買い替えるクルマから、4ドアセダンという車種の選択肢は消えていました。

 各社からミドルクラスのステーションワゴンが出ていたので、選択に困ることはありませんでしたが、レガシィの様な「決め打ち」に至る魅力を持つクルマには出会うことなく、色々と目移りをしていました。そろそろ世の中では、「ミニヴァン」と呼ばれる3列シートの7人乗車が可能なマルチパーパスカーがブームになりつつあり、ホンダには、以後同社の屋台骨を支え続けることになる名車「オデッセイ」が登場していました。当然、オデッセイを無視する訳にもいかず、カタログを貰いに上野にあるホンダクリオのお店を訪ねたのが、以後長い付き合いとなる、ホンダクリオ東京の大沢氏との出会いの最初でした。

 ホンダには、3系統のディーラーがあります。クリオ、ベルノ、プリモの3つです。
 小職がカタログを貰いにふらっと入ったのは、クリオ東京の本社(上野)だったのです。大沢氏はたまたま業務の都合で本社に来られていたのです。当時大沢氏は、クリオ東京の日本橋営業所の所長を務められていましたので、次にクルマを見に行く時は、日本橋営業所に出かけていきました。

 日本IBMの巨大なビルを近くに望む日本橋営業所は、都心のディーラーだけに小さなショールームでした。大沢所長はにこやかに迎えて下さり、オデッセイやアコード・ワゴンを見せに、営業所の上層にある、納車を待っている車置き場に連れていってくれました。
 当時はそれほどホンダ一辺倒という事はなかったのですが、競合させた次期モデルのレガシィは、担当した営業マンが大沢所長の敵ではなく、何時の間にか、「アコード・ワゴンにしようか、オデッセイがいいか」ということになってしまっていました。

 自動車を、まして新車で買おうとするならば、庶民には安い買い物ではありませんから、メーカー、クルマそのもの、アフターサービスなど、様々な観点から研究して買う方が多いと思います。
 ところがチェスは、その後3台に亘って、この大沢所長からホンダ車を買い続けることになったのであります。この時は結局、ホンダのアメリカ生まれのUSアコード・ワゴンを、次に国内生産となったスタイリッシュなアコードワゴンを、更に1モデルのみで消えてしまった薄命なクルマ、「アヴァンシア」を買いました。

 今して思うと、これらのクルマは1度として車検を通すことなく、3年以内に次々と買い替えていったのです。もったいないことをしますよね。この間付き合いのあった大沢所長は、日本橋営業所から、葛西営業所の所長に転勤され、次いで足立区の営業所長に転勤されました。その後、柏だったか我孫子だったか、その方面の営業所に行かれたのですが、その頃は残念ながらホンダから足を洗ってしまったので、お店を訪れるチャンスはありませんでした。
 ともかく、大沢所長はホンダのクルマが好きで、バイクが好きなモーターファンであり、お話をしていてこれだけ気持ちの良い人はいませんでした。

 クルマという「結構高い買い物」にもかかわらず、購入の動機づけとなったのが、ディーラーの所長が気に入ってしまったから、というのは、クルマの売り方がかつての「飛び込みセールス」から「ディーラーでの待ちのセールス」になった現在においてもなお、営業マンという職種の重要性を物語る一つのエピソード足りうるのではないでしょうか。(つづく)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

血液型人間学

 こんばんは、チェスです。

 人間の性格とか特徴とかを形成していくのは、なんといっても両親から半分ずつもらってきた遺伝子。うーん、性格なんぞは遺伝子は関係ないのかな。次はその人間の成長過程において後天的に形成されていくものでしょうかね。
 で、血液型の分類において最も一般的な、ABO式を使って、性格だとか行動の特徴とか顕著に表れる才能とかをさくさんサンプリングし、分類していった方が、能見正比古さん(故人)です。

 日本の場合、ABO式の血液型の構成は、A型、O型、B型、AB型の順に多く、大雑把にいってその割合は4:3:2:1になるのだそうです。A型とO型を合計すると約7割となり、日本社会はA型、O型が支配層ということもできるわけです。
 きちんとして見えるA型、努力と積み重ねのO型がマジョリティーということで、日本型教育というのが、個性を伸ばすというよりは、教条的、反復的になりがちであるという見方もできるかもしれません。

 上のABO式の構成割合は、地球上では地域や国によって大幅に変わるのだそうです。A型優勢の日本でありますが、O型優勢の国、B型が多い国などがあるわけですね。
 能見さんは、個々の人間の性格分類学に血液型というモノサシを使った訳ですが、上記の様なことはひょっとすると、一般に言われている「国民性」とか「民族意識」といったものの分析に血液型を導入できるかもしれません。
 大切なのは、血液型による性格分類が、十二支や誕生日による星座による占いなどと同じレヴェルのものかどうか、という点ではないでしょうか。ともすれば、巳年生まれはどうの、蠍座の人はこうの、というお話と並べてしまうと、それっきりになってしまいます。さくさんのサンプルの中から、有意差を見つけ出す手法として、統計学があるわけですが、この手法を使って、ABO式血液型という分類を人間性格分析の手がかりとしている点、能見さんは「占い」とは異なる、一つの科学である、と主張されていたと思います。

 しかし、A型はこんな人、AB型は・・と類型を並べるだけでは、面白くはありますが、それだけで終わってしまいます。仮にABO式血液型が性格分析に使えるとなれば、実社会の人間関係とか、会社でいうと組織管理などに役立てられると実用性が出てくるのですね。例えば「何かわからんが、アイツとは波長が合わない」とか、「理由はないが不思議とウマがあう」といった人間関係分析に応用できるという訳です。
 人間の性格、特徴などは後天的に形成されるものであって、血液型などは全く関係無く、占いと同様、科学的でない、という反論も多いみたいですが、小職は結構面白い見方ではないかと思います。血液型の人間学とは、人間のたくさんの性格や特徴といったデータを集め、これを独創的な観点から帰納的に料理してみた、という言い方はできないかな、と思っています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

古本屋

 こんばんは、チェスです。

 神田神保町に比較的近いため、昔から古本屋には縁があり、図書館や新刊書店とともに、「必ず立ち寄るお店」でありました。(図書館はお店ではなかった)。靖国通りの小川町あたりは現在、すっかり「大型スポーツ店街」になってしまいましたが、更に西へ進み、駿河台下の交差点に書泉ブックマートを見るあたりから、所謂書店、古本屋街が始まります。
 無論、老舗三省堂や、1本裏のすずらん通りにある東京堂書店なども健在なわけですが、なんと言っても面白いのは様々な個性が光る古本屋です。
 理工学書を扱う明倫館などには、あまり勉強しなかったために綺麗なままの大学の教科書を売りに行き、結構な金額で買い取ってもらいました。
 すずらん通りはともかく、大通りである靖国通りに面している古本屋の殆どは、東西に走る靖国通りの南側に位置しており、つまり店は北に面しております。
 これは、北に面していれば、あまり太陽の光に当たらないので、本が日に焼けないですむから、という理由があるといわれていますが、本当かどうかは知りません。(単に、北向きなので家賃が安かったからだったりして)

 これらの、昔からの古本屋とは別に、最近はチェーン店の古本屋が伸びています。その最大手は「BOOK OFF」でありましょう。駅近くの比較的交通至便な場所に、充分な広さの大型店舗を構え、中に入ればファーストフード店ばりの元気の良い挨拶が若いスタッフから飛んでくる、とにかく神田の古本屋とは、何もかもが違いすぎる、ニュータイプの古書店なのです。
 神田の古本屋が好きだから、ニュータイプは嫌いか、というと、実はブックオフも好きなのです。

 明るく、単行本、新書、文庫などに分けられた書棚のそれぞれは、著者名が五十音順に並べられて、本を探すのが極めて容易ですし、例えば文庫の書棚にあった本が一定期間経過すると、同じ文庫の「1冊100円」の棚に移動していくなど、その価格体系は極めて合理的になっています。

 無愛想なオヤジが店の奥に座っていて、NHKラジオが流れているだけの神田古書店も、それはそれで捨て難い世界なのですが、ニュータイプの方も、本ばかりかCD、DVDにゲームなど品揃えが豊富で「これならリピーター獲得も無理はないな」と思わせる店内であって、新興勢力の古書店は全く以って侮り難い商売です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南諷の航跡

 こんばんは、チェスです。

 「ぼくは航空管制官2」の最新作が、テクノブレインから届きました。
 今回のタイトルは南諷(なんふう)の航跡といいます。沖縄那覇空港が舞台です。
 日本トランスオーシャン航空、もちろん、南西諸島の離島便をくまなくカヴァーしている琉球エアーコミューターや、エアードルフィンも登場いたします。
 那覇空港は、陸海空の3自衛隊の基地も併設されている、軍と民間の共用空港です。そこへもってきて、すぐ北には米軍の極東の空の要ともいえる嘉手納基地がありますので、航空路は非常に混み入っています。
 まだ、ほんのちょっと「さわり」だけを遊んだだけですが、南国沖縄の空の玄関の雰囲気たっぷりに仕上がっている、今回もテクノブレインの力作らしいです。

 沖縄は、会社の旅行で一度だけ行ったことがあります。金曜の夜に出発し、日曜日の午後に帰ってくるスケジュールですから、沖縄ちょっと見観光、という感じでしたが、それなりに楽しかった様に記憶しています。
 日曜日の午前中は、もう帰るばかりなので、自由時間だったのですが、同室の男と相談し、「沖縄の海を見に行こう」と港がある海岸まで歩いて行きました。那覇市は沖縄本島の南の方にありますが、港があるのは本島の西海岸になります。ですので、浜辺に辿り着き、「いやぁ、海だ海だ」と喜んで海の水に触ってきましたが、あれは太平洋ではなくて、「東シナ海」だったのだ、と後で気がつきました。

 那覇空港の滑走路は、長さは3000mもあるのですが、幅が45mしかなく(普通は60m)大型機の運行に神経を使うそうです。知りませんでした。
 さて、どんなイヴェントが待ち構えているかな。楽しみです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ネクタイ

 こんばんは、チェスです。

 学生の時にはほとんど結んだことがなかったのに、社会人になってからは会社にいく度に結ぶ様になったものに、ネクタイがあります。会社に入って3年半は、材料開発を主に行なう、所謂技術屋でありましたので、会社に着くと上着を脱いでネクタイも取り、作業着に着替えて、一日仕事をして、又帰る時にネクタイを締める、ということをしていました。一日2回締めていたわけですね。
 3年半で技術屋をクビになり、知的財産関係の仕事になってから、いわゆる管理部門になりましたので、会社についてもネクタイはそのままです。ですから、締めるのは一日1回になったわけです。

 ところで、私は衣料品などオシャレ関係についてはあまりかまわない方のたちで、ネクタイの流行の柄なども、さっぱり良くわかりません。だいぶ以前のことですが、ペイズリー柄が流行ったことがありましたが、流行が既に終息してから、ペイズリー柄を締めていたりしました。
 いわゆるフォーマルな場では、無地、又はそれに近いデザインのネクタイを締めるとか、ネクタイを選ぶ際のTPOなどもちゃんと存在しているらしいのですが、小職の場合には冠婚葬祭で白黒を間違えないようにするのが、せいぜいであります。

 ところで、おしゃれなジェントルマンは、ネクタイをどんな場面で、どんなところで購入されているのでしょうね。
 ネクタイの場合、誰かにプレゼントされたとかいう場合を除くと、「今日はネクタイを買いにいくぞぉ」と、それが買い物の目的になったというケースは1度もなかったように思います。(うーん、急なことで黒ネクタイをキヨスクで買ったことはあったかもしれない)自分で買ったネクタイは、全部が全部、「何かのついで」で買っているような気がします。
 パンツ(最近はボクサーショーツというんですか、あれが好きですが)を買うついでにネクタイ、などというケースは、これはもうスーパーの衣料品売り場の出来事になってしまい、その時のネクタイは到底上等なブランド品ではありえません。
 ネコの餌を買いにいったディスカウント屋で、ふと見つけたネクタイを買ったこともあり、これも同様でしょうね。
 一度くらいは、上等なネクタイを、上等なお店で買ってみたいものではあります。

 それにしても、ネクタイの柄というのは、色々なものが存在し、電車で前に座った人のネクタイが、自分と同じだった、というケースは、未だあったことがありません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

下垂体腫瘍 その3

 こんばんは、チェスです。

 下垂体腫瘍を取り除く手術は、午後の最初に行われるとの事で、その日の朝食、昼食は当然ナシです。お腹が空きますが、やむを得ません。
 通常の点滴と異なる、結構太い針の点滴を刺されて、お尻に強烈に痛い注射を打たれ、前と後ろに1枚づつのエプロンみたいな手術着に着替えて、準備は完了です。1時少し前に病室に台車がやってきて、手術室に向かって出発です。病室の皆さんから「頑張れよぅ」と声を掛けられ、「どうもどうも、では行ってきます。」などと答えて(内心では「いや、頑張りようがないんだがな」と思い)台車ごとエレベータに乗り、中央手術部という扉から入ります。ここで病棟の看護婦さんから手術部の看護婦さんに身柄が引き渡されます。足首に名前を書いた札がくっつけられ、私自身フルネームを申告して、本人確認をおこなうというわけです。
 さて、身柄引き渡しが終わると、いくつもある手術室の中の1室に、台車ごと、ゴロゴロと入っていきます。既に何人ものスタッフが機械の調整やら何やらをしている中、「それではこの台の上に寝て下さい」とのご指示があり、「よろしくお願いしまーす」と言いつつ、台車から降りて手術の台に乗ります。意外に小さく狭く、ちょっと動いたら落ちてしまいそうです。そんな台ですので、たちまち手足を縛られてしまいます。そこへ、昨晩説明に来られた麻酔科の医師が現れ、鼻と口にあてがう透明なマスク状のものをあてて、「それじゃいきましょうか、最初は酸素を流しますから、リラックスして深呼吸してください」などとおっしゃいます。で、「では、ガスに切り替えますね。・・チェスさん?」「ハイ」「チェスさ・・・」麻酔というのは、ものすごい効き方ですね。

  で、約8時間程が経過・・・・・

 もう意識がなく、皆様が大奮闘で手術をやっていただいているのを知らず何時間か経過の後、「チェスさーん」「チェスさーん」(何やらうるさいぞぉ)「はーい」で起こされて、どうやら近くに母親がいるらしく「(腫瘍は)良性だったって」とか言っているらしい。更に、また麻酔科の医師が現れて、「手術中にちょっとしたトラブルがありまして、胸のところにドレーンを付けさせてもらいました」などと言っている。更に脳神経外科の担当医師が来て、「今晩はICUに泊まってもらい、明日朝迎えにきますので。」とおっしゃる。
 どうやらここは、ICUというところらしい。
 予告通り、鼻にはがっちりガーゼが入っているので、鼻で息ができません。だから口を開いていなければならず、やたらと喉が乾きます。そのことを除いては、別にどこが痛いとか苦しいということはありません。ICUの看護婦さんがやってきて、身体の片側にフォーム材らしきものをあてがって、向きを変えてくれます。自分で寝返りが打てないので、こりゃありがたい。夜中になったら、交替の時間らしく、交替でやってきた看護婦さんに挨拶をされます。で、また身体の向きを変更。
 で、何時頃かわかりませんが、どうにもおしっこが溜まっている感じがしていけません。しかし我が膀胱にはバルーンというのが入っていて、おしっこは自然と排出される筈。おかしいなぁ、と思い、様子を見に来た看護婦さんに、おしっこを溜める袋を見てもらったら、「あっ、どうもすいません。」と言って容器を取りに走り、袋からおしっこを出してもらう。どうやら袋が満タンになっていて、それ以上膀胱から出せない状況だったようだ。やがて、我慢していたおしっこを出しているが如きの感じになり、無事に排出されているらしい・・やれやれ。
 と思ったのもつかのま。先ほどの看護婦さんがまたやって来て、「お小水の比重が軽いので、薬を使いますね」と注射をされる。後でわかったことであるが、「尿崩症」という合併症を発症したらしい。
 注射されたのは「抗利尿ホルモン」という薬。つまり、おしっこがどんどん出てしまうのを防ぐというわけ。結構痛い注射である。
 翌朝、担当医師と病棟の看護婦さんがお迎えに来て、途中CTスキャナー室に寄り、無事病棟に戻る。今度はナースステーションのほぼお向かいの2人部屋。
 午後、両親が面会にやってきて、その時間に手術のハイライト部分を執刀した脳神経外科の部長先生が現れ、手術結果を説明して下さる。「腫瘍の一部が、海綿静脈洞という部分にくっついていましたので、無理に取るのは危険ですから、そこは残しました。しかしこのタイプの腫瘍は、良い薬があるので、大きくなることは抑えられます。」とのこと。まずは手術は成功というところでしょうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ぼくは航空管制官

 こんばんは、チェスです。

 かつては時間を忘れて夢中になっていたけれども、現在はさほどでも・・という物は、飽きっぽい性格であるが故にたくさんあるのですが、パソコンのゲームというのもそれにあたるでしょう。
 社会人であれば、みなさん同じだと思いますが、まとまった時間というのは週末休日でなければ取れず、継続して遊ぶことによって楽しめるパソコンゲームは自然遠ざかってしまいます。

 そんな中、細々とですが、未だに新しいシリーズが発売されれば忘れずに購入し、暇を見て遊んでいるゲームがありますので、ご紹介致します。
 京都に本社があります「テクノブレイン」という会社が開発・発売している「ぼくは航空管制官」というゲームです。歴史的には結構古いですが、数年前にグラフィックが3D化されたことによって、全くと言っていいほど新しいゲームに衣替えし「ぼくは航空管制官2」となりました。

 このゲームは、航空管制の世界を再現し、パズル風のゲームに仕上げているものです。

 小職は飛行機に乗ること自体はあまり好きではないですが(だから海外旅行というのはご免蒙ります)飛行場で飛行機を見ることは、割りと好きです。何が勇ましいといって、ジェット機が離陸していく光景ほど勇ましいものはなかなかない、と思っています。大体、男の子というのは、クルマとか電車、飛行機といった乗り物が好きなのではないでしょうか。(四拾過ぎて「男の子」とはなんぞや、との突っ込みはなし)
 空港の見学デッキで、お客様を満載した旅客機が、力持ちの牽引車にプッシュバックされて誘導路に出ていき、牽引車が外されると、プッシュバックした地上職員が乗客達に向かって「一路平安、良い空の旅を」と手を振る、その一連の出発風景を見ているのは中々良いものです。
 夜の空港というのもステキですよねぇ。青やみどりが無数の様に散りばめられた誘導灯、一直線に長く伸びる滑走路のオレンジ色の光、その先に伸びているアプローチライト。遠く着陸灯を着けたジェット機が、最後のターンを終えて、最終アプローチ態勢で接近してきます。遠かった光が見る見る内に大きくなり、轟音とともにタッチダウン。お帰りなさい。

 そんな空港の雰囲気を、余すところ無く再現し、更にはちょいと頭も使ったパズル風ゲームになっています。
 レーダー画面では、木更津サウスアライヴァルで3機到着便が接近中、先頭の機は羽田に向けてターンしたところ、出発便もそろそろ忙しくなってくる。定時運行で出発できるだろうか・・

 中々面白い上に、素晴らしいグラフィックの出来映えに、思わず画面に見入ってしまうのです。

 「2」のシリーズは、羽田=東京国際空港のアルファとブラボーを始め、鹿児島空港で離島の管制を、小松空港では航空自衛隊の華麗な航空ショーの運営を、暫定B滑走路が出来た成田ではたくさんのエプロンを捌く難しい地上誘導を、名古屋空港は航空自衛隊小牧基地と併用で、おまけに小型機も離着陸するごちゃ混ぜ空港、と色々な空港の世界を楽しませてくれます。最新作は、沖縄の那覇空港が舞台とのこと。これまた楽しみです。
 チェスはテクノブレインの社員や関係者ではありませんが、こいつは「大人が楽しめるゲーム」だと思います。空港で飛行機を眺めるのが好きな方は、一度お試し下さい。ダウンロード版の「チャレンジ」というのなら、お気軽にできますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

下垂体腫瘍 その2


 こんばんは、チェスです。

 1999年の初夏、小職の頭の下垂体というところに、腫瘍ができていることが見つかりました。

 検査の結果と紹介状を持って、総合病院の脳神経外科を受診致しました。
 「これだけの資料だと確定的な事は言えませんが、下垂体腫瘍である可能性は高いですね。」
 「そうですか。」
 「下垂体というのは、どこにあるか、知っていますか?」
と言って先生は、ぶ厚い医学書を出して、カラーの頭の内部解説図を見せ、
 「下垂体は、ここ、これです。ほぼ頭の中心にあります。大きさは、小指の先ぐらいです。色々なホルモンの分泌を司っています。ここにできる腫瘍は、ほぼ良性なんですが、腫瘍の種類によってはある種のホルモンを産生するので、その見極めのための検査が必要です。」
 「手術は、どのように・・」
 「上唇の裏側を切って、頭の中心に向かってトンネルを掘っていきます。ですので、頭に傷はできません。但し、手術後1週間は鼻にガーゼを入れますので、口だけで息をしてもらいます。そのやり方などは看護婦さんが教えてくれますので・・」
 入院の申し込み書類をもらい、入院に必要な検査をするために、病院内のあちこちに行きました。更に、この種類の腫瘍は、視神経を圧迫することにより視野が狭くなるとう症状を起こすことがあり、そのため眼科の検査を受けてくれ、とのことでした。
 眼科は非常に混んでいて、この日は検査の予約だけして、後日その検査をうけることにしました。

 やがて8月になり、お盆休みの頃、入院OKの連絡が病院からあり、それでは、と荷物をまとめて入院することになりました。

 病室に荷物を搬入すると、早速一人ひとりに看護婦さんがついて、病室内外の説明をしていきますが、昨年母親が入院していて、既にこの病棟では顔見知りのチェスは大半を省略されてしまいました。
 「食事で、何か食べられないものがありますか」と聞かれたので、正直に「肉が食べられません」というと、あっさりと「わかりました」といわれて、この日の夜からチェスのメニューからは肉はオミットされました。ちなみにこの病院の食事は、2種類のメニューから好きな方を選ぶことができます。

 病室は、大きな部屋に8人分のベッドが並ぶ大部屋です。
 脳神経外科の患者さんだけではなく、眼科、耳鼻咽喉科などの患者さんも、同じ部屋で入院しています。その日から約5日間は、更に色々と検査です。また、担当の先生が気になることを仰いました。
 「入院の時に受けてもらった検査結果の中で、負荷心電図のデータに少し問題があります。」
 「場合によっては、こちらの治療を先にやらなければいけないかもしれません。」
 「取り敢えず、エコー検査を受けて下さい、循環器(外科)に連絡しておきますので。」
 やや、また何かボロがでたのか?と思いましたが、幸いにしてエコー検査の結果、心臓は大丈夫とのことでした。

 とにもかくにも、一通りの検査は終わり、腫瘍の正体は「プロラクチン産生腫瘍」であろう、という御沙汰があって、金曜日の夕方に外泊許可が出たので、土日は一度帰宅して、月曜日の朝病院に戻りました。

 月曜日に病室に戻り、翌日火曜日はいよいよ手術です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

続々 喫煙マナー

 こんばんは、チェスです。

 喫煙問題は、大変に面白いので、更に続けます。
 近頃は全面禁煙、喫煙者お断りのレストランはあるものの、あるいは積極的に分煙をして、喫煙者を隔離する方向にあるものの、愛煙家大歓迎、という飲食店は飲み屋を除いては少ない様です。
 そこで、近年のトレンドに逆行して、「愛煙家大歓迎、喫煙者以外は入店お断り」というお店を出しては如何でしょうか。まぁ、やはりお酒中心のお店になるでしょうが、客単価を高くするために、高級レストランでも良いと思います。
 こういったお店では、当然の事ながら、換気設備というものは無きに等しく、店内はもうもうたる煙で覆われ、もうこれ以上は前も見えない、という状況ではじめて窓を開ける。
 喫茶店も同様。コーヒー1杯が1,000円。普通ならとても入らないところですが、愛煙家天国の喫茶店なのです。もうもうたる煙の中で、談論風発、和やかムード。

 ここまで書いてきて、ちょっと怪しくなってしまいました。

 愛煙家の皆さんは、他人の煙は果たして煙いものなのかどうか。
 これはさすがに聞いたことがありませんので、ちょっとわかりません。ただ、自身が愛煙家にもかかわらず、「途中駅から乗った新幹線の喫煙車両の煙の凄さには驚いた」などとおっしゃっているのを聞いたことはありますので、ひょっとすると、他人の煙は、やはり煙いものなのかもしれません。

 「わんこそば」というのが、盛岡の名物にありますよね。あれと同じように、「レンサタバコ」を売り物にする店を出してはどうでしょうか。
 客は、ともかくタバコを吸い続ける。隣ではお店が特に揃えた美女が、客が吸い終わるタイミングでタバコに火を付けてそのまま渡す。吸い終わると、反対側の美女がまたタバコに火を付けて渡す。連鎖のタバコなのです。チェーンスモーキングなのですね。当然、時間あたり何本吸えるかが競争になり、1時間50本でタダになる、とかですね。
 これだけ思いっきりタバコが吸えるとなれば、ストレス解消になるし、もうその日は、タバコの箱を見るのもいやになるのではないでしょうか。・・・うーん、ならないかな。
 しかし、儲かりそうな気がするんですがねぇ。どなたかやりませんかねぇ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

続 喫煙マナー

 こんばんは、チェスです。

 喫煙の件は、考え出すと中々面白いので、続けてみます。

 タバコをやっている方に「タバコは健康に良くないと思うが」と聞いてみると、多くの方からは「それは良くわかっているのだが、(習慣になっているので)止められないのだ。」という返事が返ってきます。あるいは「禁煙をしたことはあるが、うまくいかなかった」という返事もあります。

 この、タバコの習慣性というのは、どこから来ているのでしょうか。
 人間をして、これほど引き付けるタバコの魅力というのは、何なのでしょうか。
 これも、愛煙家に聞いたことがあります。
「ぼんやりしていた頭が、スッキリする様な気がする。」
「リラックスした気分になる」
「こころが休まる(あるいは落ち着く)」
などでしょうか。
 こんな声を聞いたこともあります。
「別に、そんなに美味しいと思ったことはないけど、つい習慣で」
 タバコの習慣性という奴ですね。これは、考えてみるとちょっと恐ろしいです。

 ヘロインだとか、コカインだとかいった、覚せい剤は、常習性があり、正常な神経を麻痺させて、幻覚などを見させ、ついには異常行動を起こさせるために、政府はこれを取り締まる法律を施行させ、非常に厳しい罰則を設けています。
 勿論、覚せい剤とはいわないまでも、タバコにも「習慣性」「常習性」というものが潜んでいるわけです。「禁煙に失敗している」「つい、習慣で手が出る」という声が、これを裏付けていると思います。タバコは嗜好品であり、「好きだから続けて吸っている」人もいるのでしょうが、どうもそれだけではないようです。「病み付きにさせるもの」がタバコにはある。そいつは「ニコチン」という物質によるのだ、という研究もあります。ニコチンの薬理作用により、人はタバコを手放せなくなり、習慣的になり、終には禁煙を失敗させる、誠に恐ろしいものです。

 しかし、このニコチンのみをエッセンスとして売ったならばどうなのでしょうか。
 カプセルでも錠剤でも良いので、飲み込むとニコチンの薬理作用で、頭スッキリ、あるいはほっと一息、リラックス。
 回りに撒き散らされる煙もなく、そうそう、歯が茶色くなることもない。
 あるいは、寝タバコが原因の火災の発生がなくなる。
 おお、良いことばかりではないか。
 どうしてないんでしょうね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

喫煙マナー

 こんばんは、チェスです。

 小職はタバコを吸いませんが、喫煙は基本的には個人の嗜好の問題だと思っていますので、あまりファナティックに嫌煙権を振りかざすのもどうかと考えています。
 これだけ各種の情報が氾濫し、健康に対する世間の関心も高い中で、なおかつ喫煙習慣があり、これを改めるつもりがない、という方は、喫煙が身体に及ぼす影響、発ガン性リスク等についても御承知おきの上でタバコを楽しんでおられるのでしょうから、それはそれで仕方ないと思います。
 アメリカの様に、喫煙が原因でガンになったからといって、タバコ会社を訴えるなどというのはお門違いもはなはだしい、と思います。

 だがしかし、喫煙マナーについては、全般的に低い水準にある、と言わざるを得ません。
 東京都千代田区をはじめ、人が集まる路上での喫煙については、規制する地方自治体が出てきています。規制、即ちルールが導入されるようになったということは、これまでは「マナー」に訴えてきた喫煙行動が、どうにも目に余るようになってきたので、ということであるのは明らかです。
 歩きながらの喫煙、吸い終わった時の吸殻の投げ捨て、いずれもマナーに訴えているだけではどうにも改善の兆しも見られなかったのが、「ルールに違反したら罰則(罰金)」となったら、早速目に見えて効果が現れるようになったようです。

 更に最近は、タバコと健康の問題を考える上で、喫煙者が近くにいる場合の非喫煙者への影響も、色々言われるようになりました。いわゆる「副流煙」の問題です。副流煙というのは、火のついたタバコの先からチロチロと出ている煙のことで、研究によれば「主流煙」つまり喫煙者が吐き出す煙より、寧ろ身体には悪い、ということです。
 副流煙は、タバコそのものから出ている煙であり、温度が高く、成分的にも身体への影響が大きいのだそうです。
 そうなると、小職としても「仕方ない」と安穏としているわけにもいかなくなります。
 喫煙者が、言わば確信犯的に自らの健康と引き換えにタバコを楽しまれるのについてはかまいませんが、その周辺にいるだけで発ガンリスクを上げられてしまうのはご免被りたい、と思う次第です。
 なんとか、喫煙者と非喫煙者が、同じ空間を共有しつつ、発ガンリスクを上げるなどということがないようにできないものでしょうか。
 プロ野球の外国人助っ人選手が何やら口の中で噛みながらバッターボックスに入るのを、テレビの中継で見たことがありますが、あれはチューインガムでなければ、「噛みタバコ」という奴なのでしょうか。
 日本では売っていないのだと思いますが、あれにしてもらえば、少なくとも副流煙の問題は発生致しません。
 宇宙飛行士が被っている様な密閉式のヘルメットをかぶり、その中でタバコを吸い(ヘルメットの中に手とタバコは入る様にする構造でないと困るが)空気を循環させることで、周辺に主流煙、副流煙が撒き散らされることを防ぎ、全てのリスクは自ら負う、という姿勢を明らかにすることで、喫煙者の社会的信用が高まるのではないでしょうか。
 密閉式喫煙ヘルメット着用の結果、喫煙者の発ガン率がこれまでよりも高まったとしても、喫煙者にとってはそんなことは先刻御承知の助でしょうから、肺ガン、食道ガンなどを発症しても、どうということはないでしょう。
 結果として、喫煙者はどんどん死ぬ、非喫煙者は少なくともタバコが原因での早死はない、とすれば、どうなるでしょう。
 税収が減る政府と、売上激減となる日本タバコ産業は、真っ青になるかもしれません。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

下垂体腫瘍 その1

 こんばんは、チェスです。

 1999年の初夏の事です。
 元々、小職は頭痛持ちでしたが、この年は特にそれがひどく、なんと言ったらいいか、頭にサイズの小さな帽子をかぶせて締め上げられている、まぁそんな感じの頭痛が続いていました。
 いつもであれば、頭痛如きは暫く我慢していれば、そのうちに治るので、様子見をしていたのですが、この時は少し考えが変わりました。
 なぜ、というに、前の年に母親が脳腫瘍で手術を受け、入院という騒ぎになっていたからです。
 母親の脳腫瘍は良性のものでしたので、摘出する手術は時間がかかり大変ではありましたが、結果的にはすっかり治り、元の生活に戻っています。が、発見前には母親も頭痛を訴えていました。
 「うーん、まぁ別にどうという事はないかと思うが、どうということはない、という事を確認して安心するために、一度診てもらおうかな。」
 母親の脳腫瘍を見つけてくれた開業医の先生は、神経内科が専門で、CTスキャナーをお持ちです。
 そこで、とある日の夕方、この先生を受診しました。その日はCTスキャナーの技師がご不在で、翌日改めてCTスキャナーの検査をしてもらいました。
 例の頭の断層写真を前にして、先生の話を聞きます。
 「ここの所なんですが・・ちょっと幅が太くなっているように見えますね。」
 そう言われても、さっぱりわかりません。曖昧な顔をしていると、先生は別の人の写真を持ってきて
 「この人の写真と比べてみると、ホラ、ここの所ですけど、チェスさんのは少し・・」
 だんだん、不安がもくもくと広がってきます。聞きたくないけど、聞かざるを得なくなります。
 「で、結局、そのところはどうなっているのでしょうか?」
 「腫瘍があるのではないかと・・」


 ええーっ!
 ということは、チェスも(母親に続いて)脳腫瘍なのかい?

 しかし先生はプロですから冷静に、
 「この写真では、今一つはっきりしませんから、MRIという機械で検査しましょう。土曜日はお仕事はお休みですか?じゃ、予約を取りましょう・・」
 と、デスクの上の電話を取り上げ、
 「・・ええ、MRIは単純と造影をお願いします。それからX線単純撮影・・」
 この日は、血液検査をするための採血をして帰りました。
 次の土曜日、先生の病院に寄って紹介状をもらい、MRIとやらを受けに行きました。
 非常に暑い土曜日の昼前でした。
 検査は1時間程かかりましたでしょうか。MRIやX線撮影の大きなフィルムの入った紙袋を持って、再び先生の病院に戻ります。
 「なるほど、ここを見て下さい。」
 「丁度頭の真中あたりなんですが、下垂体というのがあります。各種のホルモン分泌の司令部です」
 「はい。」
 「ここに腫瘍がある様ですね。」「はぁ」
 「次に、こちらの頭の骨の写真を見て下さい。風船の様に膨らんでいますね」(そう言われてもわからない・・)
 「これらの結果から、下垂体腫瘍があると思われます。」

 今までは、かなり高をくくっていたのですが、ここまで断定されてしまうと、さすがにまいります。
 「あのぅ、そうすると、入院して手術する、ということに・・」
 「そうですね。お母様が入られた病院でも、他に大学病院でもどこでも紹介できますよ。」
 「あの、では、やはり近所の○○病院をお願いします。」
 (母親が完治したことで、この病院の脳神経外科への信頼が上がっていました)
 「わかりました。お手紙を書きましょう。早速月曜日に行ってください。」
 週明けの月曜日、チェスは会社を休み、昨年母親が入院した病院の脳神経外科を訪れました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自家用車 その3

 みなさん、こんばんは。チェスです。

 トヨタ・カムリはそれなりに良いクルマではありましたが、同じ車種に2代続けて乗り継ぐと、生来の飽きっぽさが頭をもたげてきて、「他のクルマに乗ってみたいな~」と思うようになりました。
 そんな折も折、冨士重工業から「レガシィ」という中級セダン/ワゴンが発表されました。
 冨士重工業というメーカーは、戦前・戦中の「中島飛行機」の流れを受け継ぐ技術コンシャスな自動車メーカーで、規模や生産台数は決して大きくありませんが、他とは違う光るクルマを出すメーカーというイメージがありました。
 エンジンも、国内のほかのメーカーが使っていない「水平対向4気筒エンジン」=通称フラット4というものをもっており、このパワーユニットが稼ぎ出す馬力を、やはりスバル独特の4輪駆動方式で走らせる、というレイアウトをとっておりました。
 この方式で、スバルは既に「レオーネ」というセダン/ワゴンを売っていましたが、どうにもレオーネの売れ行きはぱっとせず、冨士重工業とすれば、社運をかけてレオーネを全面改良し、全く新しい車として名前も新たに登場させたのが、「レガシィ」でありました。
 スバルレガシィは、冨士重工業の期待に応えて多いに売れまくり、特にスタイリッシュなツーリングワゴンは、セダンの売れ行きを遥かに上回るという現象を起こしました。ワゴン・ブームの先駆けとなったのは、このクルマでしょう。
 生憎、近所にスバルのディーラーはありませんでしたが、カムリに乗って探せば家から5分程の所に見つかりました。ショールームで実車を眺めると、つくづく欲しくなり、商談の結果グリーンのツーリングワゴンのオーナーになることができました。最も高いモデルは、ターボで馬力を稼ぎ出す奴でしたが、ターボだけに燃費が悪いので、街乗りが多いチェスはこれを敬遠し、自然吸気エンジンを選びました。エンジンの馬力は落ちますが、そのかわりにこちらはエアサス仕様で、車高の調整機構が付いておりました。
 フラット4は、トヨタの直列4気筒とは全く異なるエンジン音で、何やらクルマに乗っていながらバイクに跨っているかの如くです。
 大変楽しく乗っていたのですが、信号待ちなどで停車し、セレクターをニュートラルに入れると、エンジンルームからひどい振動が伝わってくる様になりました。今考えると、エンジンマウントに問題が発生したのだと思うのですが、丁度その時、弟の友人が、このクルマを欲しいと言ってきたので、レガシィは売却の憂き目にあいました。(つづく)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

セールス電話

 こんばんは、チェスです。

 「彼らも、それが商売なのだから」とは思うものの、受けるたびに何ともイライラさせられ、「時間を損した」と思わされるのが、各種のセールス電話です。
 色々なものを売りにきますねぇ。
 墓地(墓石)という甚だネガティブなものから、小豆や小麦などの商品先物取引の勧誘、この頃多いのはインターネットのプロヴァイダーからの案内、いちいち覚えきれないほど、色々かかってきます。
 自宅にかかってくるセールス電話に対しては、最近NTTの「迷惑電話撃退サービス」というのを導入して対応することにしています。一度かかってきたセールス電話に対しては、「今いません」と居留守を使ってさっさと切り、次の瞬間登録番号をダイヤルして、セールスしてきた電話番号を登録してしまえば、次回かけてきたときは「お取次ぎできません」と自動的にシャットアウトしてくれる仕組みです。有料なのがしゃくにさわりますが、非常に重宝しています。

 会社で業務中にも、この手の電話がかかってきますね。こちらがどれほど忙しいかは彼らは全く関知しません。当たり前ですけれどもね。しかし会社の業務時間中というのは、小職の時間ではなくて、契約している会社の時間なのですから、私的な売り込みの電話などの相手をするという事、それ自体が会社に対する背信行為になってしまうのです。
 最近、特にしつこいセールス電話は、投資用ワンルームマンションの勧誘電話でした。

ピロピロピロ~
「はい、チェスですが」
「○○さんとおっしゃる方からですが」(当社は基本的にダイヤルインになったので、代表番号に掛けて来て、しかも会社名を名乗らない、というのはほとんどセールス電話です)
「お電話代わりました。」
「チェスさんですか。私△△の○○と申しまして、マンション経営のご案内・・」
ガチャ!
      丁度忙しかったので、何も言わずに切りました。
10秒ほどして、又掛かって来ました。
「もしもし、チェスさんですか!何もいきなり切ることはないじゃないですか。」
「はいはい、失礼しました。忙しいので、お断りします。」
「お断りしますって、まだ何もお話ししてないですよ。ちょっと聞いて下さいよ。」
「今仕事中です。すいませんがこれで・・」
「ちょっと待ってくださいよ。ご案内したいのはですね~」
「マンションを買って、それを人様に貸して、儲けようということでしょ。それなら私は興味が無いので、お断りします。」
「いや、ウチのは違うんですよ」

 とまぁ、こういう調子で、テキもさるもの、何とか話を長引かせようとして必死です。ここは、あくまで冷静に「お断りします」で話しを聞かずにさっさと電話を切るのが上策のようで、ここで「ウルセエ、2度と掛けてくるな」とか「死んでしまえ、この野郎」とか罵詈雑言を投げつけると、向うもキレて逆上し、いやがらせをしてくるかもしれません。気を付けましょう。

 マンション経営氏は、その後も何度もしつこく掛けてくるので、庶務課に頼んで居留守を使うことにしました。その後庶務課に状況を聞くと、数日と置かずに掛けてきた様なので、さすがに小職も罪悪感を覚え、庶務課にお菓子を配りました。

 色々な名簿から、勤務先やら自宅住所といった個人情報が漏れてしまうのでしょうね。名簿業者というものまであるそうですから、今後もセールス電話はかかり続けるでしょう。アメリカの様に、「セールス電話拒否リスト」に載せてくれ、という断り方はできないものでしょうかねぇ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

清掃工場

 みなさんこんばんは、チェスです。

 環境とか、リサイクルといった問題が今日的になって既に久しく、家庭から発生するゴミは不燃物、可燃物、古新聞などの故紙やダンボール、粗大ゴミといった具合に分別して出すことが義務付けられました。(東京23区の場合・もっと細分化を求めている地方公共団体もあるようです。)
 大量消費が日本の経済成長を支えていた時代には、テレビがダメになれば、新しいテレビを買うお店が壊れた古テレビを無料で引き取ってくれたものでした。現在では家電リサイクル法が成立し、メーカーが責任を持って製品をリサイクルさせないといけないため、只で引き取りなどということはありえない世の中になりました。
 可燃ゴミについては、これも単に燃やせば良い、というのではなくて、発ガン性物質と言われているダイオキシンが発生しないように、高温の炉を使用するようになりました。
 実は、チェスの住む台東区は、東京23区で最も狭い区なのですが、自前の清掃工場を持っておりません。台東区の住民が排出する可燃ゴミは、余所様の区の清掃工場で処理していただいているんです。台東区としては、やはり自前の清掃工場を可動させて、きちんと自区の可燃ゴミは自区で処理するべきだと思うのですがね。そうは言っても、清掃工場ともなるとかなりの面積の土地を必要としますし、23区で一番狭い台東区のどこにそんな土地があるの?と言われると、困ってしまいますが・・・

 ところで、この「清掃工場」という名前ですが、何やら面白いというか、おかしいですね。
 工場とは大抵、何かを生産する生産機械を有している建物であり、生産する製品によって名前がつきます。自動車を作っているなら自動車工場、食べ物なら食品工場、繊維なら繊維工場、テレビを作っているならテレビ工場、電気を作っているなら電気工場・・とは言わずに、発電所ですけれども。
 それで、「清掃工場」ですが、清掃工場では何をやっているかと言えば、これは皆さんご存知の様に、高温の炉によって可燃ゴミを燃やして、灰にしてしまっているんですね。
 ゴミを燃やすということで、そのゴミを出した各家庭や企業からはゴミが無くなったわけで、つまり清掃が完了した、という解釈をすれば、「清掃を生産している工場」と言って、言えなくはないということで、こうした名称がつけられたのかもしれません。こいつはチェスの解釈ですので、本当かどうかは知りません。

 ところで、清掃工場は「清掃」を生産する以外に、純粋に生産するものはないのか、というと、可燃ゴミを燃やした後に残る灰がありますね。これはどうしているのでしょうか。また、可燃ゴミを燃料として燃やした結果、大量の熱が発生します。熱エネルギーは放っておけば空気中に放散してしまい、大気中の温度をほんの少し上げるだけなのかもしれませんが、これを使って水を温めれば、お風呂にも温水プールのボイラーにもなる訳です。ゴミ焼却時の余熱利用ということです。
 小職の勤務先の屋上に上りますと、北の方角に、北区の清掃工場の高い煙突を見ることができます。この清掃工場でも、発生した余熱を使って温水プールを運営しており、「元気プラザ」という名称の区の施設の一部として使われています。
 元気プラザのプールはユニークで、25mのプールは僅か3コースしかありませんが、このプールの周囲を巡る流水プールと、ウォータースライダーが設置されており、子供向け施設の趣があります。がしかし、歩く方、水遊びの方は皆さん流水プールを使われるので、逆に25mプールが空いており、真面目に練習するにも向いていると言えるかもしれません。水深は少し浅いですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

求む!パン屋の娘

 チェスは大変な偏食でありますが、好きな食べ物の中でも特に好きなのが、パンであります。

 もう何年も昔の話になりますが、労働組合の上部組織が、何かの行事でパンの料理教室を開催するので、参加者を募集する、との情報を得ました。普通こういうのは、女性が参加するのでありますが、チェスは一も二もなく手を上げ、我が組合からは他に参加希望者がいなかったので、当労組を代表して!チェスが意気揚揚と、この料理教室に参加致しました。
 場所は、大手町の東京會舘。老舗のホテルです。そこのパン部門のシェフが、何名ものアシスタントを引き連れて教えてくれるのです。教室の費用は、労組の上部団体と我が労組が出してくれるので、ロハであります。(なぜ、無料のことを「ロハ」というか知ってます?ロハと縦に続けて書いて下さい)
 当日は、当然のことながら、参加者は若い女性で一杯で、あと少しの男性は、聞いてみると「引率のために来た」という義務的参加者。ということは、男の純粋の参加者は、チェス一匹。
 作るメニューは、普通のロールパンに、シュトーレンというクリスマス用のパン。あと、ロールパンを作った余りの生地を使ってドーナッツを作りました。パンの生地を作るのはかなり力を必要とし、しかも頑丈な台を使いましたので、ご家庭でパンを焼くのは中々大変です。イースト菌を発酵させるのは温度管理が重要、ということもわかりました。もっとも簡単なのは、適当な温度の油で揚げてしまうドーナッツで、これはホイホイとできました。

 こんな教室に参加したからといって、チェスの趣味に「パン焼き」が加わるかというと、それほど世間は甘くなく(世間は関係ない!)、ただ相変わらずのパン好きに拍車がかかったということは言えるかもしれません。もっとも結構パンにはうるさいのでありまして、大手の製パン会社のビニール袋入りの菓子パンなどには、あまり触手は動きません。やはり、トングで1個1個トレイに載せていく街のベーカリーのパンが一番でありまして、知らない町でパンが焼ける匂いが漂ってきますと、思わず中を覗きに行きたくなり、美味しそうなパンを見つけると、見境無く買い込みたくなります。

 仮に毎朝、パンが焼ける匂いで目が覚めるとしたら、それはもうLA VIE EN ROSE! バラ色の人生でございますよ。ベーカリーのお隣かお向かいに引っ越す、というのもあるかな、とは思ったのですが、せっかくこの年まで独身のチェスとしては、パン屋の娘さんを捉まえて、そのパン屋さんに養子に入るとか、マスオさんとなって同居する、というのがいいぞ、と考えているわけです。
 自分でパン職人になるのは大変なので、チェスの身分としては、パン屋さんの経営に参画し、新製品のアイディアを出したり味見評価をしたりする立場がいいのですが・・

 日本のどこかに、そんなパン屋の娘さんはいませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

架空戦記のこと

 最近はブームがすっかり下火になってしまった感がありますが、5年ほど前でしょうか、「架空戦記」というジャンルの小説が非常に流行っていた時がありました。小職の様に、未だに時々この手の小説を読んでいたり、かつて読まれていた方には説明は不要なのですが、この手の小説に、全く興味も感心もないという方には、説明を試みても「何それ?」という、非常に冷淡なリアクションが予想されるだけに、正直申し上げて困ってしまうのですが、ブームが去った後で、敢えて「チェス論的架空戦記」を開示してみたいと思います。

 元々は、このジャンルはSF小説に近いものであって、作者のイマジネーションが求められる分野の小説であったと思います。しかるに、急速に読者を拡大し、裾野を広げるに至って、SF的傾向の強い作品は、その反面でリアリティに欠け「ト空=トンデモ空想戦記」と呼ばれてしまう様になりました。 いくらフィクションとは言え、歴史に題材を取りつつ、どこをどう考えても「いくらなんでもありえねーよ」というストーリーは、読者を失ってしまうのであります。
 結局、現在も生き残り、多くの読者層に支持されている架空戦記の傾向としては、題材を歴史に求めるも、歴史を如何に無理なく改変させ(ここのところは相当の資料の収集とその研究が必要になる)、しかもエンターテイメントとして読ませる筆力が備わっている作家の作品が多いと思います。

 歴史小説と紙一重なのですが、その実体は大きく異なるのがこの「架空戦記」というジャンルではないかと思います。歴史小説という分野も当然にあり、この分野が得意な作家が多いのですが、この歴史小説が、上記の架空戦記と大きく異なる点は、題材となる歴史に対する脚色、演出は認められても、「歴史を変えるということはどうあっても認められない」という点でありましょう。ただ、この「歴史を正確に記述する」のであれば、それは学術研究論文になってしまい、「小説」足り得なくなってしまいます。極論として、作家は本が売れなければ困るのであり、学者とは違います。そこで、歴史小説においては読者の興味を引くために、これまでの記録、研究による歴史資料から、作家によるイマジネーションが入り込む余地というものは当然ありうるのであり、そうでなければ魅力的キャラクター、読ませるストーリー展開、描写力というものが活きてこないと言えるでしょう。

 その意味からは、歴史小説家が扱う歴史の題材としては、有史以降近代まで全てが題材足りうるのですが、正確な資料が豊富な近代より、古代史、中世史のほうが作家の裁量を大きくし易く、腕の見せ所が大きいといえるかもしれません。(古代史、中世史に、小説として取り上げたい題材が多いかどうかは別問題)喩えて言えば、邪馬台国の女王卑弥呼という人物を主役に据えようとすれば、いくらでも面白い話が書ける代わりに、歴史としてはどうなの?という疑問が生じてしまうでしょう。

 架空戦記、シミュレーション小説というものは、一面として歴史小説の体裁を取りつつ、その殻を大きく破った、という点において評価されるものと考えます。歴史小説において、織田信長は必ず本能寺で非業の死を遂げないといけませんが、なんらかの偶然ないしは必然により、明智軍の急襲を逃れて助かったとしたら、その後の歴史展開はどうなっていたでありましょうか。歴史学者は、あくまでもこういった観点からの研究というものはナンセンスであり、「新たな解釈」はあり得ても「もし~ならどうなる?」というのは研究としては成立しないでしょう。
 が、作家であれば、歴史資料を元にして、想像力を大きく働かせ、いくらでも新展開が考えられるのであります。これまでは、SF的アプローチから架空戦記が書かれていた(まず歴史改変ありき)のですが、歴史小説作家からの、従来の歴史小説を大きく逸脱した、「フィクションとしての歴史小説」というアプローチでの架空戦記、若しくは架空史小説を読んでみたい、と思う次第です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋葉原駅前昨今

 秋葉原と言えば、今はパソコンの街、少し前は電気街、というイメージで捉えられております。が、ここにはかつて東京都の青果市場「神田市場」がありました。果物や野菜の段ボール箱が山積みになり、台車や軽トラックが行き交い、帽子に自動車のナンバープレートみたいな札をくっつけた親父さんが大声を張り上げておりました。
 しかしながら、市場は年々手狭となり、機能的にも苦しくなってきたため、東京都は神田市場を移転させる計画を立てました。広い土地が手当できるのは、都心から遠く離れた大田区でしたが、移転計画は着々と進み、大田市場がオープンし、多くの業者が移転しました。
 ところが、神田市場の移転に反対する業者があり、大田に移転後も、残った建物に居座って卸売り業務を続けておりました。時たまテレビの取材に映り、「神田市場を守れ~」と気勢を上げておりました。なんといっても神田は東京の中心であり、東京各地への利便性があります。リヤカーを引いて野菜を仕入れに来ていた八百屋さんは、遠い大田市場には行けません。
 この辺は東京都も考えており、「共同配送システム」などで遠くなってしまった八百屋さんに対応するようにしていました。
 そんなこんなで、かなり長い間、残留組の神田営業が続いていた様ですが、次々に市場の巨大な建物が取り壊されるに至って、ついに陥落し、かつての神田市場は一面の平坦地となりました。

 これらの土地は、しばらくの間駐車場や「単なる広場」、人が集まることから、献血を行う血液センターの建物などに使用されておりました。秋葉原という、巨大商業地区の駅前に、東京では広大と言ってよい広場が広がっているのは、なかなかオシャレな眺めと言えました。
 単なる広場には、スケボーを抱えた若者がやってきて、障害物をかわしたりジャンプ台からジャンプしたりと遊んでいました。コーナーにはバスケットボールのゴールが立てられており、これはこれで良く利用されていたみたいです。

 そうこうしているうちに、秋葉原は常盤新線のターミナル駅になる、という噂がでてきました。噂は本物となり、常盤新線は、つくばエキスプレスという名前で呼ばれるようになりました。駅を作る土地は東京都が十分持っていましたが、線路を引く土地を買収するのは大変、ということで、都心部は地下鉄になりました。広大な平地の一部を使って、つくばエキスプレスのターミナル駅の工事が始まりました。秋葉原駅の改造工事もスタートしました。
 なお、まだまだ土地が余っていました。
 東京都は、何時まで土地を遊ばせておくのだろうか、と心配していたところ、心配する程のこともなく、従来の平らな駐車場が、4層程の駐車場ビルになりました。神田市場だった片隅には、見る見る高い40階建てのマンションが作られ、駅寄りにも巨大なその名も「ダイビル」が立ちはじめ、マンションとダイビルの中間には、更に巨大な「ITセンター」が最後に工事を始めました。
 あと2年もすれば、秋葉原駅前はすっかり変わることでしょう。
 
 ところで、通常秋葉原電気街として認識されている区画は、千代田区外神田という地名です。
 秋葉原という地名は無いのか、と言えば、実はあります。
 小職の住んでいる台東区の方に小さな「秋葉原」という町名を見つけることができます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

肉がきらい

 チェスは、とんでもない偏食です。

 肉がきらいなんです。

 昨今、BSE騒ぎとか、鳥インフルエンザ問題などで、食肉市場は大変なことになっておりますが、こと、小職の食生活に限って言えば、全く影響を受けません。
 食べ物の好物は、お魚とお野菜ですから。
 お肉は、鶏肉も、豚肉も、牛肉も、馬肉も、猪肉も、(見たこともないけど)熊肉も嫌いです。何故か?さぁ、自分でもよくわかりません。恋愛と同じで、理由なぞないのではないでしょうか。
 ただ、このあたりから少々怪しくなるのですが、肉が嫌いで食べられない、のですが、全く食べられないかというと、少し違います。例えば、ひき肉になっているとそれほど抵抗なく食べてしまいます。ハンバーグステーキ、コロッケ、メンチカツ、ロールキャベツ、いずれも美味しくいただきます。お肉を原料とした加工食品、ハムやソーセージ、ベーコンなども、格別好きではないですが、食べることはできます。(焼き豚はあまり好きではなく、ラーメンに載っていると、隣の人に上げてしまいます。)

 理由はわからないと書きましたが、ルーツというか、起源もわからないのです。いつだったか母親に聞いたことがありましたが、幼稚園のお弁当のおかずからは既に肉の類はオミットされていたみたいです。肉屋の店先に、解体途中のブタがぶら下がっていたりすると、走って通り過ぎていたようです。

 小学生になりますと、給食という難物があります。偏食を治すためでしょうか。給食は、極力残さず完食させるという方針らしく、小職にとって給食の時間は、しばしば悩みの種になりました。1週間の給食の献立が書かれたプリントを眺めてため息をつき、どうにかして明日学校を休めないか、とは考えずに(明日、大地震がおきて学校に行かなくても済むようにならないか)と考える小心者でありました。大地震を願うのは、おかずに、大きな豚肉の塊がごろごろしている「酢豚」の日が多かったのではないかと思います。

 無論、大地震が都合良くおきる道理も無く、足取り重く学校に行きます。

 で、酢豚です。給食当番に、仲良しがいると、「お肉を入れないでくれ」と頼めますが、こういうとき女のコは残酷で、無情にも我がアルミの食器に、しこたま豚肉を放り込んでくれます。
 小さい奴なら、目をつぶって1つか2つは飲み込んでしまいますが、大きい奴は無理です。無理に飲み込もうにものどを通らず、噛み切ろうとすれば嫌いな味を味わってしまい、涙が出てきます。給食当番の女のコとは絶交です。

 給食の酢豚で泣きべそをかいているのは、チェスくらいでしょうか。

 先生の方針だったかもしれませんが、「パンは残してもよいが、おかずを残すのは反則」というローカルルールがあったと思います。こいつを逆手にとって、豚肉の塊をパンに挟んで、お返しする、という技を使わざるを得なくなりました。しかし、飲み込めない豚肉の塊ですから、薄い食パンに挟んだところで、見え見えなのです。そいつを見逃してくれた女のコは天使に見えました。
 くだらぬ事で思い悩む小学生であったと言えましょう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2004年3月 | トップページ | 2004年5月 »