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パソコンの黎明期

 こんばんは、チェスです。もう二昔も前のお話です。

 チェスが大学生の頃、普通の人が使う事が出来るパソコンが発売されました。いえ、正確には、当時は未だ「パソコン」という言葉は一般的ではなかったと思います。

 大学では、コンピュータ言語の講座といえば、フォートラン、コボル、PL/1、C言語というのがあり(いや、Cはなかったかも)、コマンドをシートに書き出した後、パンチカードに穴を開け、このカードをコンピュータのカードリーダに読み込ませる事で、はじめてプログラムを走らせることができました。これらの言語はコンパイラと言われており、コンピュータが実行するためのマシン語にコンパイルする必要があり、とにかくほんのちっとのプログラムを走らせるのが大変だったのを覚えています。

 その様な大型コンピュータではなくて、うんと小さなコンピュータ、という意味で、マイクロコンピュータ=マイコン、という言葉で売られるようになったのが、NECのPC-8001富士通のFM-8というものでした。シャープ、東芝、日立なども類似のマイコンを発売するようになりました。これらのマイコンは、上記のコンパイラ言語ではなくて、BASICというインタープリター言語で動いていました。BASICは大量のデータを高速に処理するには向かない言語でしたが、マシン語にコンパイルする必要がないため、人間の書いたプログラムに問題があると、その時点でエラーになるという感じでしたので、いわゆるデバックの作業がやり易く、所謂素人にも何とかなる、というのがウリだったと思います。

 FM-8が少し安くなり、代わりに筐体が少しちゃっちくなったのが、FM-7という奴で、私は、こいつが欲しくて、アルバイト代をほとんど叩いて秋葉原で買いました。

 ぼちぼち出回り始めたマイコン雑誌に、簡単なゲームのプログラムがBASICで掲載されており、雑誌の細かい字を眺めながら懸命にマイコンに打ち込み、いざ走らせてみると必ずと言っていいほど「syntax error」と出てきて、泣きたくなったものです。
 きちんと走らないプログラムであっても、何時間もかけて入力したものですから、一旦保存しておいて、後でデバッグすればよさそうなものですが、メインメモリーは今も昔も電源を切ればクリアされてしまうものですから、何かに保存しないといけません。この補助記憶装置が、今から考えると想像を絶するものでした。MO?CD-R?HDD?影も形もなし。FDD?8インチがあったかも?・・・で、学生の身分で使える補助記憶装置と言えば、カセットテープレコーダーでした。A/D変換してアナログ信号で記憶させていたんです。信じられますか?

 FM-7は、オリジナルのままでは漢字を出力できませんでした。オプションの「漢字ROM」を買わないと出力できなかったのですが、これが品薄で、どうにも買えない。
 プログラムの記憶、読み込みも、その度毎にいちいち「ピー・・ゴロゴロゴロ~」ではやってらんない。というわけで、又々アルバイト代を使って、FDDを買いました。FDは皆さんがご存知の3.5インチではなくて、ペラペラシート状の5インチというものです。日本語ワープロソフト、は、あるにはあったけど、実用的とはとても言えない代物。

 結局、使い物になる「パソコン」は、NECのPC-9801シリーズの登場を待たないといけなかったと思います。
 それにしたって、Windowsなどという言葉は未だ誰も使っていなかったですけどね。

 以上の様な状況が、約20年前。ほんの二昔前ですが、今思うと隔世の感がありますね。

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