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ツバメ

 我々に身近な鳥といえば、スズメ、ハト、カラス、ニワトリというところでしょうか。プールに行く時に隅田川を渡りますが、川の上にはユリカモメが舞っています。

 ですが、季節を告げるといいますか、渡り鳥も外すことができません。

 さすがに、白鳥は近くでは見ることはできません。
 白鳥とは逆に、暖かくなるとやって来るのが、ツバメの諸君です。チェスの勤務先の会社の周りでは、東京でも田舎の方であるためか、ツバメが営巣する様子とか、低空飛行する様子が良く見られます。
 ツバメは小さな体ですが、その飛ぶ様は本当に敏捷で、スピード感に溢れていますね。

 巣を作る場所は大抵決まっていて、毎年同じ家の軒先などに巣が作られているようです。ツバメの巣を作られてしまうと、フンで汚されて歓迎しかねる遠方の客だと思うのですが、ツバメが巣を作るのは縁起が良いのでしょうか。巣を作られるままにしているみたいです。

 このツバメのスピード感が良かったのだと思います。かつての国鉄の、最も速い特急列車には「つばめ号」という名前がつけられておりました。チェスの子供時代には、既に新幹線が開業しており、「ひかり」「こだま」の時代になっておりました。しかし「つばめ」は国鉄の超特急としての象徴だったのだと思います。国鉄がオーナーとなったプロ野球球団は、「スワローズ」という名前が付けられたのですから。
 スワローズは、国鉄からヤクルトへと売却され、名前も一時「アトムズ」とアニメのヒーローに譲りましたが、やがて「スワローズ」が復活したのは、オールドファンにとって喜ばしいことであったでしょう。
 ツバメはどうしてしまったのかなぁ、と思っていたら、JR九州が新型豪華特急の名前に使い、更には九州新幹線の名前になりました。南国から暖かさも一緒に運んでくる、俊敏なツバメは、九州新幹線のスマートボディに相応しい名前と言えるのではないでしょうか。

 今年も、早くもツバメの姿を見ることができました。

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花粉症

 みなさん、こんばんは。チェスです。

 小職は花粉症なのですが、今年は花粉の飛びが少ないのかな、というくらいに症状が出なくて快調だったのですが、突然今朝、くしゃみ連発とともに花粉症が噴火してしまいました。やはり「逃げ切り」というのは難しいようです。

 中学生の時、教室でマスクをしている友人を見て「カゼをひいたのか?」と聞いたら「いや、アレルギー性鼻炎なんだ。」というやり取りをしたのを思い出します。この頃は未だ花粉症という言葉が無かったか、あるいは一般的ではありませんでした。

 アレルギー反応というのは、人間の体の生体防御反応の一つで、この反応を引き起こす物質のことをアレルゲンといいます。だから通常我々が花粉症と言っている症状は、アレルギー性鼻炎の中で花粉をアレルゲンとするもの、と言えるのかもしれません。但し、アレルゲンになり得るのはスギ花粉のような花粉に限らず、様々な自然物や、人工的な化学物質がありますので、ハナ水垂らしてぐずぐずしている人が全て花粉症か、というと、そうとばかりも言えないらしいです。
 それにしても花粉症という奴は、鬱陶しい症状です。ハナばかりかんでいると、ハナの下がすぐに赤くなって痛くなってしまいます。それがイヤでハナをかむのを我慢していると、これはこれで気持ちが悪い。なんともはや困ってしまいます。 

 花粉症に困っている人はかなり多い様で、毎年春になると各種のマスメディアで、「今年の花粉症対策」みたいな特集記事や番組コーナーが出てきます。そのいくつかを見たり読んだりしますと、「専門家(医師)による診断と治療」「発症するまえに対策を打つ」など、当たり前の様なことが言われていて、こちらとしては、手軽に実施できて、しかも効果のある対策が情報として欲しいのですが、そんな都合の良い情報は中々ありません。
 もはやこの段階では、優秀なマスクを探すのが、対策としては適当なのでしょうか。

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自家用車 その2

 みなさんこんばんは。チェスです。

 初めてのチェス家の自家用車であった白のカローラ1300。が、このクルマはマニュアルトランスミッションであり、ステアリングはノンパワー(=パワーが要るステアリングホイール)であったため、オートマチックトランスミッションで、パワーステアリングのクルマが欲しくなりました。
 一つには、クラッチ操作というのは若葉ドライバーにはなかなか難しいものでありまして、特に低速で後退する必要がある車庫入れなどの時に、技術を要するものでした。
 チェスが運転免許を取ったときには未だありませんでしたが、その後に「オートマチック限定」の普通自動車運転免許が新設されまして、仮にチェスが取ったときにこいつがあれば、「オートマ限定免許」の方を取ったかもしれません。自動車教習所で小職が苦労したのは、速度を極く遅くコントロールしての切り返しや縦列駐車でしたから、若しオートマチックで教習を受けることができたら、この辺も余計に時間を費やさないで(お金をかけないで)免許を取れただろうと想像します。

 余談ですけれども、東京都内に限らず、大都市を走るバスのドライバーは、たくさんの停留所の数だけ、発進・停止を強いられる運転をしなければなりません。しかも、道路は慢性的に渋滞していますから、更に発進・停止の数は増えます。ところが大型バスにはオートマチックは装備されておらず、しかもギアはシンクロメッシュではありませんため、「ダブルクラッチ」という技術で変速操作をしなければなりません。大都市の混合交通という、只でさえ神経を使わないといけないバスの運転に、この様なドライバーの負担を強いるマニュアルギアというのは如何なものでしょうか。燃費の問題などあるのでしょうが、ドライバーの負担を軽減し、その分安全運行に寄与するはずのオートマチックを、バスにも導入してはどうかと考える次第です。

 さて、オートマチックにパワーステアリングを装備したクルマが欲しい、といっても、当時チェスは会社に入って間も無いので、新車を買うことができるお金などないし、それでは「ろうきん」から貸してもらおうかなぁ、などと考えていたら、当時の会社の経理方面の課長の口利きで、会社の取引銀行から比較的安い金利で貸してもらえることに・・(今からすればとんでもない金利ですが)
 金策はつきましたので、早速チェス家の近所のディーラーさんへ勇躍出撃です。トヨタの「新東京カローラ」店でしたが、ここで扱っている「トヨタ・カムリ」という中級セダンが気に入りました。車内が非常に広くて快適、オートマチックにパワーステア、エアコンという快適装備は当然のこととして、実はこのカムリは、近々モデルチェンジが予定されているらしく、新車価格からの値引きも期待できる、というのが嬉しいところでした。少し待てばニューモデルに乗ることができる、という考えは、当時のチェスにはあまりなかったみたいです。チェンジサイクル末期のモデルに一目ぼれ、という、トヨタから見ればありがたいお客さんということになるのでしょうか、結局、カムリ1800ルミエールのオーナーになったのでありました。結構堂々とした押し出し、クラウンもかくやという広大な室内、長いホイールベースを利したフラットな乗り心地、と、今考えても、このFF初代カムリは本当に良いクルマでありました。
 トヨタカムリが気に入ったので、一度車検を通して、買い替えも次のモデルのカムリに乗り継ぎましたが、次のモデルのカムリは初代の時程の新鮮さは既に無くなっており、これに乗っているうちに冨士重工業から衝撃的なクルマが出てきたのでありました。(つづく)

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水遊び(3)

 みなさん、こんばんは、チェスです。

 初心者に優しい水泳系サイト「てっちゃんの水遊び」では、平泳ぎからスタートしたサイト管理者のてっちゃんが、クロールに挑戦する奮闘記も書かれていました。そこで登場したのが、私はその存在すら知らなかった「プルブイ」という水泳練習用の用具です。

 皆さん、「プルブイ」って知ってますか?

 「当然知ってる!」という方は、水泳やっている方ですね。昔は泳いでいたが、今はちょっと・・という方は、ご存知ないかもしれませんね。
 こいつは、「浮き」の一種で、発泡プラスチック(フォーム材)で出来ておりまして、形は各種ありますが、代表的なのは茶筒の様な円柱を2本紐でつなぎ合わせたものと、ひょうたんの様な断面を持った形状のものです。大きさも何種類かある様です。
 どのようにして使うのか、と言いますと、足の太ももに挟みまして、そのままクロールを泳ぎます。
 クロールというのは、主に手のかきから推進力を得ておりまして、足のキックも推進力はありますけれども、もっと大事なのは下半身を浮かせることです。で、このプルブイを挟むことによって、下半身に浮力を付け、キックをお休みしても下半身が沈まなくなるのです。
 で、手のかきだけでクロールを泳ぐことによって、手のかき方や、息継ぎといった上半身が受け持っている動作に集中して練習ができるわけです。

 クロール初級者にとっては、手のかき、息継ぎ、キックをうまくコンビネーションさせて泳ぐことがカベになってしまいがちですので、キックをお休みしてもクロールを練習できる、というのは大きいわけです。しかもクロールのキックというのは、相当に負担の大きい疲れるシロモノですので、キックを休むとクロールの練習を長く続けられる利点もあります。また、下半身に浮力をつけることによって、重心を前の方に置いて泳ぐというフォームを身に付ける練習にもなります。

 ・・・などとエラそうに書いていますが、昨年当時はそんなこととはつゆ知らず、「ほお~、そんなものがあるのか。」と感心し、使ってみようか、と思ったのですが、チェス在住の台東区の温水プールにはプルブイは見当たらず、お隣の墨田区の両国屋内プールに行きましたら・・ありました、ありました。プルブイが。断面ひょうたん形の奴です。
 さっそく使ってみますと、当初はどうもうまくありません。下半身が浮いて、違和感があり、何やらひっくり返りそうになります。が、そのうちに慣れ、「こりゃあラクちん!」という感じです。何せキックを打たないでも下半身が浮きますので、疲れ方が全然違います。そうすると、もうプルブイなしではどうにもならないという水遊びになりまして、自前のプルブイを買いに行きました。
 丁度この頃、全国のプール情報をたくさん集めた凄いデータベースサイトを見つけました。
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~Fujiki/pool/pool1.html
 「水夢王国」と言います。プールのデータベースは、国内は元より、海外まで収録をしている膨大な量になっています。サイト管理者の水夢王国の国王様は、マスターズに出れば常に優勝というバリバリのスイマーです。

 その後にチェスは、こちらのサイトに関わり、足抜けできなくなるのですが、それは後のお話です。

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黄色い声

 こんばんは、チェスです。

 春の選抜甲子園大会が始まりました。我が国は野球大好き国で、公共の電波たる公共放送のお昼のニュースでも、その日の試合の結果や途中経過を伝えています。それもアナ氏がリザルトだけを淡々と読むのではなくて、チャンスや得点場面などをしっかり流すのです。それで塁上のランナーが本塁に生還した時など、スタンドに陣取る応援団から、「キャ~~!!」という歓声が上がる様子まで流されるのです。こんな声を、よく「黄色い声」といいますよね。同じ様な声を他に形容するとすれば、「甲高い声」ということになるでしょうが、割と一般に使われている表現だと思います。

 でも、「高い声」がどうして「黄色い声」なのでしょうか。
 声という聴覚でのみ認識されるものを、黄色という色彩をつかって表現するのは、通常無理があるのであって、無理であるからには何かの比喩ではなかろうか、と考える次第です。

 「くちばしが黄色い」などという表現もあります。「年若い」「経験が少ない」といった意味で使われているものと思います。
【用例】「アイツくちばしが黄色いくせに、いっちょまえの口聞きやがって」
(大意=まだそれほど経験がないにもかかわらず、ヴェテランの様な意見を言う)
 こちらは、裏づけを取らなくても、何となくわかりますね。ヒナ鳥の頃は、くちばしが黄色いので、(ヒヨコ?)年若い人や経験が浅い人のことを例えたのでありましょう。

 さて、黄色い声=甲高い声、の方が今一つわかりません。
 上記の「くちばしが黄色い」から無理やりこじつけると、くちばしが黄色いのは、ヒナ鳥であり、ヒナ鳥は、ピーピーと成鳥より甲高い声で鳴く。すなわち、くちばしが黄色い鳥の甲高い声=黄色い声、になった。うーん。こじつけでしょうかねぇ。
 しからば、ということで、Googleで「黄色い声」と放り込んで検索してみました。すっきり明快に説明してあるのは見つからなかったのですが、「こんな説がある」と紹介されているものがありました。
 一つは、中国文化の影響である、とするもので、昔はお経にメロディーを付けて読んでいたとの事。無論楽譜があるわけではなく、楽譜と似たような音の高低を表す記号が、お経に付いていた。で、高い声を出すべきところには、黄色い色で記号がついていたため、とする説。
 今一つは、江戸時代、声の高さを色で表す風習があり、やはりこれも中国から来ていると思われるが、黄色は「何か異常なこと」を表す色であり、転じて悲鳴の様な甲高い声を黄色い声、と呼ぶようになったとする説。

 さあ、いったい本当はどうなのでしょうか。言語学、昔の風俗、色彩学、どんな学究に聞けばわかるのでしょうか。どなたか、教えて下さいませ。

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スポーツクラブ

 みなさん、こんばんは、チェスです。

 水遊び(3)はちょっとお休みして、こちらに遊びに来ていただいてコメントも頂戴している「水泳中毒患者」様からのお誘いで、先週の日曜日に、ゲスト扱いでスポーツクラブに行って来ました。行ってきたのはフィットネスクラブとしては最大手のK社です。(と言えば、分かる方はすぐに分かるでしょう。)
 文字通りの水遊びをするだけなら、浮き輪やビニールのイカダは勿論OK、ビキニ姿の現役お嬢様などが居るプレジャープールや、巨大な浴槽があるスーパー銭湯でもいいでしょうが(もっと真面目にやれぇ~)競泳のための水泳をするのであれば、あるいは百歩譲って健康水泳であっても、25m程度の長さと、浅くても110cm以上の水深を有するプールは必要であり、その様な施設を利用することになります。

 さて、こうした競泳用プールは、その経営によって公共プールと、民間のプールとに大別できます。
 公共プールは、おなじみの「安い」プールですが、規模、設備、利用料金等に、施設や、運営する地方公共団体等によって、多少差があります。

 一方、民間のプールは、ホテルなどに付属しているものと、今回のテーマである「フィットネスクラブ」がほとんどでありましょう。こちらは公共プールの裏返しで、「利用料金は高い(会員制)、規模や設備は比較的均一」というのが特徴です。
 フィットネスクラブの場合には、各種のトレーニング設備やスタディオを完備しており、各人の要望により好きなトレーニングや、色々なメニューによるレッスン(教室)に参加できますため、一概に利用料金の単純比較により「高い」とは決め付けられないのですが・・プールだけを使うものとして比較した場合には、明らかに高いでしょう。
 入会金の他、月会費を支払って会員になるわけですが、月会費は9,000円~12,000円といったところが相場のようです。

 さて、受付で手続を済ませてロッカーのカギを受け取り、ロッカールームに行きますと、さすがに公共のプールとは比較にならない設備です。ロッカーは縦長でコート類も掛けられるものであり、洗面台はホテルにある様なもの、広い浴室もあり、一汗かいたらのんびり入浴できます。
 水着に着替えてプールに下りていきますと、かなりの温度に暖房されています。プールの室温は、公共プールに比較しても高いと思われます。
 プールは、歩行専用コースを含め、全てコースロープで仕切られ、各コース端には、初級とか、中・上級用などと書かれた看板が出ており、泳力に応じてコースを選べます。とは言っても各コースとも1、2人づつの利用状況で、どこで泳いでも問題無しという感じでした。

 クラブが行うレッスンでは、「ビギナーレッスン」「クロール」「背泳」のそれぞれに参加させていただきました。「ビギナー」を例に取ると、この日は、「ボビング」(プールの底にしりもちをつくようにもぐり、鼻から息を出しながら丸くなって浮き上がる)「2人1組となって蹴伸び」(片方が足首を持って押してやる)「ビート板を持ってバタ足」「グライドキック」といったところでしたでしょうか。参加メンバーは、圧倒的に元お嬢様の割合が多く、男性は我々を除いてしまうと1人という構成です。視察しているゲストの人間(つまり我々)を除くと、男女比は1:10くらいなのでしょう。参加メンバーの構成などはレッスンの時間帯によって変わるでしょうから参考にはならないでしょうが、元お嬢様たちが非常にお元気なことは確かでしょう。

 上記の3レッスンは、1コマがそれぞれ30分ですので、色々やっているとあっという間に終わります。これで上手になってしまうのは、相当のセンスがある人と言えるかもしれません。教えてもらったことを反復復習して、次回レッスンに繋げる必要があります。

 スポーツクラブの月会費というのは、単純比較ですと上記致しました様に、お高いわけですが、仮に相当の自由になる時間を持っていて、レッスンを週に複数コマ、受講することができ、更に自習時間として施設を毎日2、3時間使うことができる方でしたらば、あながち「お高い」との一言で片付けられるほどでもなく、健康維持施設として有効活用できるだろうと思われます。
 一方で我々会社員は、個人の資格として会員になったとすると、会費の元を取るのは時間的にも不可能に近く、レッスンメニュー等に魅力があっても、おいそれと入会するのは困難です。
 水泳中毒患者様のご勤務先の様に、従業員の健康維持に理解があり、経費を負担して法人会員になってくれる会社はいいですね。チェスの勤務先でも、福利厚生の一環として、適当なスポーツクラブの法人会員になってくれるように、人事部長に持ち掛けてみました。前向きな検討を期待しています。

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自家用車 その1

 みなさん、こんばんは。チェスです。

 東京の下町・台東区に住んでいますので、クルマが無くても生活上困るということは、まずありません。チェス家から、最も近いバス停を通る、都営バスの路線は、1時間に1本ほどしかバスがありませんが。
 だからでしょうか、あるいは単に経済的余裕がなかった、だけかもしれませんが(こちらが正鵠を射ていると思う)チェス家には、小職が大学生になるまで、自家用車というものがありませんでした。
 チェスの父親は主に営業職でしたので、自動車の運転免許は持っていましたし、運転したキャリアもかなり長かったとは思いますが、週末だけのためにクルマを買うというのは考えられなかったのだと思います。
 単にクルマを買うだけなら、中古車を丹念に探せば、程度の良いものが新車の数分の1という価格で手に入ります。クルマの価格というものは、新車から3年間で物凄く落ちるものなのです。欲しい車があるけれど、新車は高くて手が届かない、という方は、お金持ちに最初の3年間を持ってもらって、その後のオーナーになるのが狙い目です。

 ところが、クルマというのは、買ってからも相当のお金がかかります。

 毎年忘れずにやってくる自動車税、強制(自賠責)保険や任意保険(念の為に申し添えますが、「任意」ではありますが、クルマを運転する以上、自賠責保険以外の自動車保険には、必ず加入すべきです)、車検のための費用、勿論クルマを動かす以上は燃料代。
 それと、都市部で非常に高いのが、駐車場代です。
 チェス家に、初めてクルマがやってきた時、近所の月極め駐車場を借りたのですが、確かこの時の費用が月6万円でした。バブル華やかなりし頃ですね。

 父親が初めて買ったクルマは、中古の白のカローラ1300でした。自分のクルマが手に入ったということが、父親にはかなり嬉しかった様で、日曜日の度にバケツを出してカローラを洗車していました。
 チェスは大学を卒業する間際に自動車学校に通い出し、卒業試験を一度滑りつつも何とか運転免許を取得し、このカローラを運転するようになるのですが、自分で運転するようになると、たちまち不満たらたらになりました。

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パソコンの黎明期

 こんばんは、チェスです。もう二昔も前のお話です。

 チェスが大学生の頃、普通の人が使う事が出来るパソコンが発売されました。いえ、正確には、当時は未だ「パソコン」という言葉は一般的ではなかったと思います。

 大学では、コンピュータ言語の講座といえば、フォートラン、コボル、PL/1、C言語というのがあり(いや、Cはなかったかも)、コマンドをシートに書き出した後、パンチカードに穴を開け、このカードをコンピュータのカードリーダに読み込ませる事で、はじめてプログラムを走らせることができました。これらの言語はコンパイラと言われており、コンピュータが実行するためのマシン語にコンパイルする必要があり、とにかくほんのちっとのプログラムを走らせるのが大変だったのを覚えています。

 その様な大型コンピュータではなくて、うんと小さなコンピュータ、という意味で、マイクロコンピュータ=マイコン、という言葉で売られるようになったのが、NECのPC-8001富士通のFM-8というものでした。シャープ、東芝、日立なども類似のマイコンを発売するようになりました。これらのマイコンは、上記のコンパイラ言語ではなくて、BASICというインタープリター言語で動いていました。BASICは大量のデータを高速に処理するには向かない言語でしたが、マシン語にコンパイルする必要がないため、人間の書いたプログラムに問題があると、その時点でエラーになるという感じでしたので、いわゆるデバックの作業がやり易く、所謂素人にも何とかなる、というのがウリだったと思います。

 FM-8が少し安くなり、代わりに筐体が少しちゃっちくなったのが、FM-7という奴で、私は、こいつが欲しくて、アルバイト代をほとんど叩いて秋葉原で買いました。

 ぼちぼち出回り始めたマイコン雑誌に、簡単なゲームのプログラムがBASICで掲載されており、雑誌の細かい字を眺めながら懸命にマイコンに打ち込み、いざ走らせてみると必ずと言っていいほど「syntax error」と出てきて、泣きたくなったものです。
 きちんと走らないプログラムであっても、何時間もかけて入力したものですから、一旦保存しておいて、後でデバッグすればよさそうなものですが、メインメモリーは今も昔も電源を切ればクリアされてしまうものですから、何かに保存しないといけません。この補助記憶装置が、今から考えると想像を絶するものでした。MO?CD-R?HDD?影も形もなし。FDD?8インチがあったかも?・・・で、学生の身分で使える補助記憶装置と言えば、カセットテープレコーダーでした。A/D変換してアナログ信号で記憶させていたんです。信じられますか?

 FM-7は、オリジナルのままでは漢字を出力できませんでした。オプションの「漢字ROM」を買わないと出力できなかったのですが、これが品薄で、どうにも買えない。
 プログラムの記憶、読み込みも、その度毎にいちいち「ピー・・ゴロゴロゴロ~」ではやってらんない。というわけで、又々アルバイト代を使って、FDDを買いました。FDは皆さんがご存知の3.5インチではなくて、ペラペラシート状の5インチというものです。日本語ワープロソフト、は、あるにはあったけど、実用的とはとても言えない代物。

 結局、使い物になる「パソコン」は、NECのPC-9801シリーズの登場を待たないといけなかったと思います。
 それにしたって、Windowsなどという言葉は未だ誰も使っていなかったですけどね。

 以上の様な状況が、約20年前。ほんの二昔前ですが、今思うと隔世の感がありますね。

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山形へ出張

 みなさん、こんばんは。チェスです。

 いつもは、予め書き溜めておいた記事から適当なのを選んで、ココログに投稿しているのですが、本日は「書き下ろし」であります。(ぶっつけ本番ってことですね。)

 営業サイドからの要請があり、山形県にある、お客様の会社に出張してきました。

 いつもより1時間近く早く家を出て、上野から山形新幹線「つばさ」に乗ります。後半分は「やまびこ」です。
 皆さんご存知と思いますが、この「つばさ」はミニ新幹線と言われる奴でして、線路は新幹線の軌道の上を走りますが、上に乗っている車両の大きさは、在来線と同じサイズです。ですから、車内も2列+2列の4列と、在来線の特急電車と同じ座席配置なんですな。
 福島で、後半分と切り離されて、正真正銘「つばさ」となったミニ新幹線は、米沢に止まり、山形を目指します。
 速度は急に落ち、両側の景色は雪を被った山が迫り、雰囲気が一変しました。
 まだまだ、冬の続きだなぁ、と実感しました。

 出張による仕事はうまく済み、帰途営業さんに山形に送ってもらったのですが、少し時間読みが甘くて、あと少しで山形駅というところまで来て、帰りに予定していたつばさに乗ることは困難という状況になりました。
 営業さんは、車で仙台に帰ります。

 次の「つばさ」は、約1時間待ちませんと、ありません。

 一方、車でこのまま、仙台まで乗せていってもらえば、仙台から「はやて」や「やまびこ」があり、新幹線の時刻表を調べると、山形で1時間待って次のつばさに乗るより、仙台から「はやて」で帰った方が早い、ということがわかりました。それで、仙台までそのまま送ってもらい、「はやて」で帰ることにしました。「はやて」に乗れば、大宮、上野、東京しか止まりません。

 東北地方の地図を見ますと、宮城県と山形県は、山形盆地を挟んで東京から似たような距離にありますが、その県庁所在地である山形市と仙台市は、人口において大きく差がつき、東京への連絡は、片方は1時間に約1本のミニ新幹線。もう片方は、東京まで2時間を切るスピードアップされた新幹線が続々走る。と、時間距離と利便性にしても差が付いているのです。だから仙台はエラくて、山形はダメということは決してないのですがね。

 仙台が、東北一の大都会に発展したのは、やはり独眼龍こと、伊達政宗の力が大きかったのでしょうなぁ。

 なんてことを考えながら、山形出張の帰りに職場に「萩の月」をお土産に下げて帰京したのでありました。

 

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プラットフォームの黄色い線

 こんばんは、チェスです。もうすぐ桜が・・なんてニュースが流れるわりには、寒いですね。
 体調管理、お気をつけ下さいね。

 JR東日本の通勤電車に乗って、毎日通勤していますが、電車が駅に接近してくるとプラットフォームに流れるアナウンスでは「黄色い線より下がってお待ち下さい」と言っているようです。
 しかし、プラットフォームには「黄色い線」なんて描いてありません。

 昔は「白線より下がって・・・」と言っていましたよね。その頃、プラットフォームにはやはり白線は描いてはおらず、代わりに白い小さな長方形が点線を形成していたと思います。(駅によっては、この白点による白点線は未だ残っているかな~白点線のある駅がありました。当然「白線より下がって」というアナウンスになっています。)
 白点線を、白線、というのは、まぁわかるかな。点線ではあっても、一応「線」になりますからね。

 でも、上記の「黄色い線」は、どう解釈したら良いのでしょうか。

 プラットフォームの床面にある黄色い物というと、20cm平方くらいの大きさの、視覚障害者用誘導ブロックが、プラットフォームのへりに平行して設置してありますね。
 まさか、あれを称して「黄色い線」と言っているのではないですよね。
プラットフォームのへりに、ずうっと平行して長く繋がっていますから、連続した「黄色い線」と言われれば、それはそうと見えないこともないけれど・・・

 しかし、あれは視覚障害者の歩行を助けるために設置されたものですよね。もし、アナウンスが言っている「黄色い線」が、あの誘導ブロックの長く連続したものだとしたら、プラットフォームで待っている人には「電車が来るからブロックより下がれ」ということになり、誘導ブロックを使っている視覚障害者の方には甚だ危険なことになりはしないか、と思う次第です。

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縁日のヒヨコ

 昔のお祭りの縁日では盛んに売られていて、今は全く見かけなくなったものに、「ヒヨコ」があります。そのままの状態で売られているヒヨコの他に、青や緑にスプレーされたヒヨコも売られていました。これら、縁日に売られているヒヨコに共通して言えることは、「全て雄鶏である」「大抵、数週間程度で死んでしまう」ということでしょうか。

 この、鶏の雛の雌雄を鑑別する技術というのは、日本人が世界に冠たる技術を持っているそうで、日本人の鑑別師が世界中で活躍しているそうです。(ということを、井上ひさし氏の著作で読んだことがあります。確か、氏のご兄弟にこの鑑別師がいらっしゃるとか)
 雌鳥は養鶏場へ送られ、雄鶏は縁日屋が買い叩くのでありましょうか。

 チェスも、小学生の時に、ヒヨコを買ってもらったことがあります。
 ヒヨコを卓袱台に乗せ、端まで歩かせて、端から突き落としたら必死で飛ぼうとするのではあるまいか、と思って遊んだことがありました。見ていた母親に怒られました。
「あんたが、何十メートルの高さの崖から突き落とされたら、どうなるわけ?」
母親が怒るのは、もっともだ、と思いました。

 その様に子供の慰み物にされたヒヨコが育つ筈もなく、例外となりえずに、やがてヒヨコは死んでしまいました。父親と一緒に、近所の神社の境内に埋めました。
 そこへ埋めたことをすっかり忘れた頃、近所のワルガキとその神社で遊んだ時、鳥の骨が出てきたのにびっくりし、懸命に全容を発掘しました。当然そいつは、かつてのヒヨコの亡骸だったのですが。

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水遊び その2

 こんにちは、チェスです。

 「水遊び その1」の続きを書きます。

 昨年9月の段階で、チェスは平泳ぎしかできませんでした。それも「なんちゃって平泳ぎ」と言うべきシロモノで、とても「趣味は水泳でして・・エヘヘ」などと人様に言える状態ではありません。今日は蒸し暑かったから、帰りにプールで涼んでいくかぁ、という感じでプールに入ると、お風呂の様な水温にびっくりして水遊びしていたのであります。

 平泳ぎには思い出があります。中学校に入った時の夏休み、「臨海学校」がありました。水泳はかなづちに近い状況でしたから、当然見送りするべきだったのですが、近所の友人が(彼はもっと泳げなかった)一緒に行こう、としきりに誘うので、行く事にしました。東京湾の外海に近い千葉の小さな町だったと思います。

 2泊3日か、3泊4日か忘れましたが、最後の方で遠泳をやらされました。まぁ中学生の遠泳ですから知れていますが、沖の方で、海水浴場と平行して延々と泳がされます。先生はフネに乗って付いて来ます。疲れたらフネに乗っても良い、と言われていたのですが、何となく意地になって、おしまいまで泳いでしまいました。

 真面目に取り組めば難しい平泳ぎですが、とっつき易さというか、何となく泳げてしまうのも平泳ぎなんですね。身体が充分に柔らかい小中学生に向いていると言えるかもしれません。

 さて、なんちゃって平泳ぎをもうちょっと何とかしたい、とは、一応思いました。ですが、本やヴィデオを購入に及んで勉強しよう、とまでは思わないところが、当時のチェスの取り組み姿勢がわかります。
 が、インターネットはタダである。
 水泳初心者が、水泳に取り組んでいるウェブサイトは無いかな?と思いました。
 インターネットで検索していたら、「てっちゃんの水遊び」というサイトが見つかりました。

http://www10.ocn.ne.jp/~tetuyan/index3.htm

 アニメーション満載で、楽しそうなサイトです。何より、管理人のてっちゃんさんが、どうして水泳を始めたか、という動機と、自分にとっての水泳とは、という考え方が、チェスと良く似ており、一面識もないのにてっちゃんさんのファンになってしまいました。

 サイトを読ませていただくと、チェス同様に平泳ぎからスタートしたてっちゃんが、クロールに挑戦する様子が書かれています。ほいじゃ、チェスも一つ、クロールにチャレンジしてみっかぁ、と、10月からクロールへの挑戦がはじまりましたのでございます。
 

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チョピン

 こんばんは、チェスでございます。

 会社のある方から、「ピアノのコンサートの切符を貰ったのだけど、当日は職場の送別会があって行けないので、音楽の好きなチェスに」と(勿論チェスとはおっしゃってないけど)チケットを頂戴したので、会社の仕事は早々に片付けて、ピアノの演奏会に行ってきました。

 ピアノを弾かれたのは、「篠埜 功 (ササノ イサオ)」さんとおっしゃる1973年生まれの未だ若い方です。
 東京大学の大学院を卒業され、英国に留学された工学博士です。ですから、プロのピアニストではなくて、アマチュアなのかもしれません。

 が、「天は二物を与えず」なんてことはないなぁ、と感じた次第。

 現職は、北陸先端科学技術大学院でコンピュータ言語の研究者をしていらっしゃいますが、ピアニストと言ってもよろしいでしょう。

 聴衆を飽きさせないように、クラシックの名曲を中心に、「花」「早春賦」などまで入れ、大学の後輩のストリングスなどがゲストで入って、バラエティーに富んだプログラムで、楽しかったです。
 といって名曲コンサートに偏ってしまうでなく、チェコのヤナーチェクをしっかり入れてあるあたり、篠埜さんの個性が出ていて、非常に良かった。

 ピアノの詩人、よく細面で繊細な感じのする肖像画で知られるポーランドの有名音楽家を、我々は「ショパン」と呼びますが、英語圏の人々は「チョピン」と発音されるそうです。彼の綴りは「chopin」ですから、英語読みではチョピンになってしまうのですね。今夜も「英雄ポロネーズ」「幻想即興曲」を楽しみましたが、チョピン作曲、と言われたら、それ、誰?と聞き返しそうですよね。

 とても満足の2時間だったのですが、バッハの1曲が終わろうとした瞬間、高らかに携帯電話の着信メロディーが鳴り響きました。あとは聴衆の拍手、というタイミングだったので、その曲はぶち壊しです。電話機の持ち主は、”ついうっかり”電源を切り忘れたのでしょうが、あれは残念でありました。

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無灯火の自転車

 チェスは東京生まれの東京育ちですが、どうにも我慢ならないのが、自転車の無灯火運転です。これは、夜間の人工灯火の豊富な市街地に限ったことなのかもしれませんが。
 無灯火自転車は、非常に危険です。自転車の運転者自身は危険に思わないところが、非常に危険なのではないかと思います。今更ですが、敢えて言わせていただければ、無灯火自転車は、周りの歩行者、自転車、自動車のドライバーやオートバイのライダーから非常に見えにくいので、発見が遅れます。その上、ある程度の速度で移動しますので、回避が困難になることもあります。自転車のライトは、運転者の運転を助けるというよりは、周囲に自車の存在を知らしめる、という効果が大きいのです。

 夜間自転車を運転する方は、是非ともライトを点灯させて欲しいと、強く願う次第です。

 どうしてこんなに無灯火が多いのか。これはズバリ、ライトを点けるとダイナモ(発電機)の抵抗によってペダルが重くなることが、いやがられていると考えられます。確かにダイナモの抵抗はかなりあります。しかし、その事と引き換えに自転車運転上の安全度を大きく損なうのでしたら、このくらいは我慢するべきでありましょう。
 発電効率が良く、軽いダイナモはないものか、と思っていたら、軽い、どころか、発電時に従来のダイナモの様にタイヤと接触しないで発電するため、全くペダルが重くならない、新開発のライトがありました。商品名は「マジ軽ライト」というそうです。以下に紹介されています。

 http://www.kozato.co.jp/topics/majikei.html

 TBS系列の「噂の東京マガジン」でも取り上げられておりました。
 このライトは、明るさも従来のライトに比較して明るいのだそうです。すごいライトですね。こうしたライトが普及することで、無灯火自転車が無くなってくれることを期待いたします。

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新御徒町

 東京にお住まいの方でも、地下鉄を効率良く乗り換えて目的地に行くというのは、かなりの知識と経験とを必要とする技です。それでも最近はインターネットという便利なものがありますので、乗車駅と下車駅の駅名を入力すれば、最も早い乗り換えルートを瞬時に教えてくれる、というサイトで予め予習しておけば、さほど困るということもなくなりました。

 しかし、「どこの誰がどのように協議して、こんな駅名になったんだ」というような理解に苦しむ駅名がありますと、利用者に不便を強いるのではないかと思います。

 そんな駅名の一つが、都営地下鉄大江戸線「新御徒町」です。ちなみにチェスが良く利用しています。

 「新」とついているからには、本家、というか元祖というか、そのような駅名があるはずです。それは明らかに、隣の「上野御徒町」です。この駅は、JR山手線の御徒町駅の乗り換え駅になっていますので、「上野」は余分ではないか、と思うのですがね。それはともかく、御徒町の隣の駅なので、新御徒町と付けたのだろうと推察いたします。

 でも、この駅名、ヘンです。「新~」という駅名は、新幹線によく付いています。横浜と新横浜を例に取れば両者の関係は明瞭です。新幹線は東海道線の横浜に相当する駅がありませんので、横浜最寄の駅を利用者に直感させる駅が必要であり、横浜線で連絡する新幹線の駅名を新横浜としたわけですな。
 ところが、都営地下鉄大江戸線には、ちゃんと本家の御徒町に相当する「上野御徒町」があります。その隣に「新御徒町」という駅があると、利用者は混乱しませんでしょうか。

 地図を見ますと、新御徒町駅は、台東区の春日通り地下にあり、小島、元浅草、東上野、台東、の各町会に囲まれています。台東町会から見ると北東の端、東上野町会から見ると南東の端にあたるので、これらの2町会名を駅名に使うのは相応しくなく、必然的に小島/元浅草の両町会名が、駅名として適当ではないかと思います。地名として著名性の高い「浅草」の字を含む、「元浅草」が駅名としては相応しいと思いますが、「元浅草小島」駅であってもよろしいかと思います。(小島町にお住まいの方は、駅名で無視は面白くないですものね)
 しかし、新御徒町駅では、全く駅名と駅周辺の地名との関連性がありません。

 不思議な駅名というべきです。

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水遊び その1

 昨年夏のことですが、小職の近所の小学校が児童数の減少により統廃合され、残った施設が「スポーツプラザ」として区民に開放されることになりました。
 このスポーツプラザは、通勤に使っているJRの駅の近所でしたので、会社帰りに寄るには好都合、と思い、8月からプール通いで水遊び、を始めることにしました。

 しかし、人並み外れて運動神経の悪い、ドンくさいチェス・・・泳げたっけ??

 小学校の時のプールの授業は、「なるべくなら水温が低くて中止になるように」と願っていたような記憶が・・中学校の時のプール・・ろくに参加しないでさぼっていた様な気がする。
 高校~大学・・・プールがなかった。(大学にはあったが、水泳の講義なぞ受講しなかった)
 社会人になって・・海というのは、魚釣りには行ったけど、海水浴なんか行かなかった。
 するてえっと、プールに入るのは、26年振りかぁ!
 
 昨年の夏は、冷夏という感じで、7月は涼しかったのです。ようやく8月になって、「では行ってみるか」と重い腰を上げ、土曜日の午後にスポーツプラザに出かけてきました。平泳ぎしかできなかったけど、3~40分、泳いだり、歩いたりして「久しぶりだから、こんなもんでいいか」と帰宅しますと、身体がダルい、重い、疲れた・・・寝てしまいました。
 自分で考えていた以上に、身体はナマっていたのですね。
 それでも、翌日日曜日も再びプールに行きました。さすがに用心深く、「もう若くないのだから、無理はしないで」とホドホドのところで切り上げると、2日目だけに、帰宅しても今度はずっと楽でありました。
 ま、それでも少しずつ慣れ、9月末まで平泳ぎを25m泳いだら、片道歩いてくる、を繰り返しておりました。水遊びが面白くなりかけていた頃、温水プールではなかった「スポーツプラザ」のプールは、突如終了となってしまったのです。

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コバン師

gazou/koban_shi
 こんばんは、チェスです。
 本日は、小職の唯一の扶養家族「コバン」を紹介します。コバンは、茶トラでカギしっぽのオス(去勢済)ネコです。

 約12年ほど前になりますが、小職の勤務先である会社に、2匹の茶トラの子猫がやってきました。当時の会社のトップの秘書様は大のネコ好きであり、他の人間にも可愛がられていたため、暫くの間、この2匹は会社に居ついてしまいました。
 しかし総務部長は、「いずれは何とかしなければ」と考えていた様で、どうにも不憫に思ったので、小職が2匹のうちの1匹をもらって帰ることにしました。秘書様と相談の上、「こっちのコの方がしっかりしているから、すぐに慣れると思うけれど、もう1匹は単なる甘えん坊だから、残されてしまうと生きていけないかも・・」などと言われましたので、その甘えん坊の方を貰って行きました。そいつがコバンです。
 結局、残された1匹は、自立して会社を去っていきました。
 一方のコバンは、チェス家にて威張っており、現在では「コバン師」と言われています。

 名前の由来ですが、皆様見当がついたと思いますが、「猫に小判」からです。

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タイトルの意味

こんにちは、チェスです。
小職のココログ「タネがいっぱい」の意味をご説明するのを忘れていました。
とはいっても、それほど深い意味がある訳ではないのですがね。

毎日の生活において、興味と関心を常に持って色々と眺めていると、勉強のタネ、お仕事のタネ、遊びのタネ、たくさんのタネがあることに気が付きます。こうしたタネを拾って、大事に育てるとか、試しに植えてみるとか、様子をみるとかはその人次第ですが、つくづく人生というものは、タネが尽きないものだなぁと感心することしばしばです。

毎日の生活は、仕事と時間に追われて一杯一杯かもしれませんが、じつはたくさんのタネもいっぱいあるんです。
そんなタネを見つけては、ちょっとつきあってみたり、気長に育ててみたりすると、思わぬ発見があって面白いものです。
小職のココログでは、そんなタネをたくさん見つけたり拾ったりしているチェスの毎日をご報告できれば、と思いまして、こんなタイトルにしました。お付き合いをよろしくお願い致します。

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お墓参り

「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があるように、もうすぐ、春のお彼岸。
お彼岸と言えば、お墓参りですね。
亡くなった方の命日にお墓参りをされる方も多いと思いますが、チェスの家では、もっぱら春秋のお彼岸にお墓参りをして、ご先祖様には勘弁してもらっています。

私が知っている人は、父方の祖父母と、伯母。

勿論それぞれの命日がありますが、命日には家にある仏壇を拝みます。
命日にもお墓参りをすればよいのでしょうが、チェス家のお墓は少し遠い。遠いと言ったって、同じ東京都にあるのですが、東京の東の方から、西の方に行くのは結構時間がかかります。
それで、お墓参りは、年に2回のお彼岸。

お彼岸にお墓参りをされる方は多くて、お寺が混雑します。
混雑が嫌いなチェス家は、だから「春分の日」を外して、早めにお墓参りを済ませてしまいます。お彼岸というのは、ある一定期間を指しているのであって、一日だけではないのですな。
それで、彼岸の入り、に早々とお墓参りに行きます。
明日の日曜日が、彼岸の入りなのかどうかは、実は知りませんが、早めのお墓参りを実行すべく、とにもかくにもお寺へ行ってきます。

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